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2021.09.05 08:38

ちいきのおと(36)大津乙(高知市)伝統紡ぐ2軒の紺屋 福永染工場と田鍋染工

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フラフを仕上げる「福永染工場」の川村由加利さん(写真はいずれも高知市大津乙)

フラフを仕上げる「福永染工場」の川村由加利さん(写真はいずれも高知市大津乙)


江戸時代創業 豊富な水生かす
 高知市大津乙を流れる国分川沿い。小さな田辺島地区に高知市で3軒という染物工場のうち、2軒がある。福永染工場と田鍋染工。いずれも江戸時代から続く老舗で、地元では「東の紺屋」「西の紺屋」の名で親しまれている。

 あちこちに細い水路があり、ノスタルジックな雰囲気が漂う地区。路地は狭く、乗用車1台がやっと通れるほど。その路地を進んだ先に、「東」の福永染工場がある。

あちこちに水路が流れる大津乙の田辺島地区

あちこちに水路が流れる大津乙の田辺島地区

 「昔はこの水路で、のりを落としよった。水が豊富だから染工場があるんです」と話すのは、18代目の福永恵美子さん(90)だ。

 創業は1710(宝永7)年。「山内家お抱えの染物屋で、高知城の杉ノ段で始めた」そうで、後に当地に移ってきた。

 かつてフラフは家紋だけが描かれていたが、絵が得意だった父の伝(つたえ)さんは明治の終わりごろに那須与一などの武者絵も描くようになった。

 出世絵のフラフは人気を呼び、多くの業者がしのぎを削った。半世紀ほど前は「布おむつを干しちゅう家を見つけたら、『よそに取られる前に早う行け』って」。従業員が飛び込み営業に汗を流していたという。

 今は、めいの川村由加利さん(64)が1人で切り盛りする。

 中学卒業後、手に職をと親類に勧められ、住み込みで修業を始めた。「以前は職人が何人もいて、寝る間がないほど忙しい時代もあったんですよ」

 よさこい祭りのフラフも作っているが、新型コロナ下で祭りは2年連続の中止に。悔しさをかみしめながらも、「体が動く限り伝統を守っていきます」と、きっぱり話した。

 □ □ 

 福永染工場の北西300メートルにあるのが、「西」の田鍋染工だ。

 創業年は不明だが、初代の武八(ぶはち)が亡くなったのは江戸末期の慶応2(1866)年と伝わる。

 6代目の大池洋二さん(49)は高校卒業後に、大阪の染工場で3年半修業。以来、父の憲さんの下で働いてきた。ただし、「直接教えてもらうことはなく、見て盗むしかなかった」。仕事に厳しかった父は2月に亡くなり、大池さんは全工程を1人で手掛ける。

 今は、神社ののぼり作りの真っ最中。長さ7メートル、幅75センチの白い布にはけを滑らせると、特徴ある文字が浮かぶ。今年は「秋祭りはできなくても、せめてのぼりは」と、例年より多くの注文が入っているという。

神社ののぼり作りに励む「田鍋染工」の大池洋二さん

神社ののぼり作りに励む「田鍋染工」の大池洋二さん


 父は女の子用に、かぐや姫を描いたフラフを作るなど新たな挑戦をしていた。そんな父に少しでも追い付きたいと、晩年の作品を参考に絵を描く。

 はけをぐっと握り、「『お父さんのフラフの方が好き』と言われないよう、やってます」。力強く語った。

 江戸期から続く、2軒の紺屋。伝統の誇りが、風にはためく。(報道部・村上和陽)


《自慢のイッピン》
揚げたて具だくさん「カレーパン」
 舟入川と電車軌道をまたぐ高架橋の南詰めに、小さなパン屋がある。その名も「チタパン」。種類の豊富さもあって、客がひっきりなしに訪れる人気店だ。

 店主は大津小・中で同級生だった松岡龍巳さん(34)、千祐貴さん(33)夫妻。龍巳さんは大学卒業後に、実家のパン屋と千葉県の人気店で修業。2年前、2人の名にちなんだ店を地元に開いた。外観はおしゃれな家のようだ。

 生地や食感にこだわった、約130種のパンを並べる。1番人気はカレーパン。「がっかりされないように」と、具はたっぷり。常に生地の発酵時間を計算し、いつも揚げたてを提供している。

 カレーパンは1個200円(税抜き)。午前7時~午後6時(現在は時短で午後5時)。月曜定休。


《あの日あの時》1972年 
高知市と合併 閉村式

 高知市大津地区は1972(昭和47)年まで、長岡郡大津村だった。写真は同年1月31日、村議会議長らが同市との合併記念碑を除幕する様子。この後、閉村式も行われたと翌日の本紙朝刊が伝えている。

 大津村史によると、村は1954年から県営競馬場を借り、全国的にも珍しい村営競馬を開催。財政は比較的潤っていたという。

 村は同市のベッドタウンになり、70年に合併を陳情。隣の介良村とともに72年に編入合併された。村職員だった横田光恵さん(93)は「村の名がなくなるのは、うんとさみしかった」と振り返る。

 記念碑は今も大津ふれあいセンター前にある。来年2月には、合併50年を迎える。


《ちょっとチャット》
田中千洋さん(15)大津中3年
 田んぼが多く、すっかり伸びた緑色の稲が風になびいている風景が好きです。マンションもあるけど、田舎のような雰囲気が残ってます。遊び場所は大津長瀬公園。昔は鬼ごっこ、今はサッカーをしています。大津地区は1小1中で、みんなが昔からの知り合い。地域の人も含めて関わり合いが深いのが魅力ですね。


 大津乙は高知市東部に位置。千年以上前には浦戸湾が広がっており、大津小学校には帰京の紀貫之が船出したことを伝える碑がある。今は住宅地や田畑が並び、食品工業団地がある。2021年8月1日現在、3833世帯、7743人。

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