2021.08.30 08:46

「ユキちゃん胸張れ」池透暢選手の幼なじみ、声震わせ 車いすラグビー日本「銅」

リオデジャネイロ・パラリンピックで獲得した銅メダルを首に掛けて笑う武田哲郎さん=右=と池透暢選手(2016年、高知市=武田さん提供)
リオデジャネイロ・パラリンピックで獲得した銅メダルを首に掛けて笑う武田哲郎さん=右=と池透暢選手(2016年、高知市=武田さん提供)
 東京パラリンピックで、リオデジャネイロ大会に続く銅メダルに輝いた車いすラグビー日本代表。これまで主将の池透暢(ゆきのぶ)=高知市、日興アセットマネジメント=を支えてきた高知県内の関係者は「ユキちゃん、よくやった。胸を張って」「心の中では金メダル」などとねぎらった。

 「透暢がやってきたことは間違ってなかった。こんなにも人の気持ちを動かすがや」。銅メダルをつかんだ池の姿に、幼なじみの武田哲郎さん(40)=高知市=は声を震わせた。「僕らは十二分に納得しちゅう。胸を張ったらいい」

 ◇ 

 幼い頃から仲の良い池は、今も武田さんが営む接骨院に通う。

 2016年のリオ大会後。「銅メダルという結果を残した。一つの区切りが付いたがやない?」。帰国した池に、武田さんは投げ掛けた。「上等よ。事故で亡くなった友達も、僕らも」

 池が「生きた証し」を残そうと必死だった思いを、周囲は十分に受け止めていた。

 だが、池は納得できていなかった。交通事故で亡くなった友達やその親族、競技生活を支えてくれる家族、応援してくれる友人…。「みんなに見せてあげたいメダルは金メダルだけ」。そう思い定めている様子だった。

 武田さんは「本当にいちがい」と苦笑いしつつ、「ユキちゃんらしい」。どこか、うれしそうに振り返った。

 ◇ 

 昔から頑固だった池だが、一度決めたことを突き詰めるタイプでもなかったという。変わったのは約20年前の交通事故の後だった。

 高校を卒業して1年後の事故。友人3人を亡くし、池自身も体の70%に及ぶやけどで長く意識不明だった。

 目覚めた後も、一日に数回、治療で体全体を消毒した。痛みで上がる悲鳴を、口にくわえたタオルが吸い込んだ。つらくても、やめれば死んでしまう。

 毎日、毎時間、毎分、毎秒…。想像を絶する苦難を乗り越え続けた幼なじみの姿を思い出し、武田さんは言う。「人間性が変わるくらいの経験を経て、今のユキちゃんがあるがよ」

 だから、「みんなに贈る金メダル」にこだわる池の気持ちがよく分かる。一方で、「何も背負わず、ユキちゃん自身のために挑戦してほしい」とも強く思っていた。自分のためのメダルをとらせちゃりたい、と。

 ◇ 

 東京大会もリオと同じ銅メダルとなったものの、武田さんは「今回の銅はリオと違う」と思っている。

 前回の池は、頑張ってきたことがどこまで結果に出るかに挑戦した。今回は金を目標にこれまで以上の努力を重ね、自らに重圧もかけてきた。「相当な気力がないとできん。しんどい中でつかみ取った結果」とたたえた。

 「たくさんの思いを背負うて臨んで、今、何を思うのか聞いてみたい。『もう一度走りだす』と言うなら、全力で背中を押す」。そう力を込めた後、「本人がうっとおしいって言うてもね」と楽しそうに付け加えた。 (平野愛弓)

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