2021.08.30 08:00
【処理水海洋放出】日程ありきは許されぬ
計画が具体化する一方、政府や東電はどれだけ漁業者ら地元住民の理解を得る取り組みをしたのか。新たな風評被害への懸念はむしろ膨らんでいるように映る。「スケジュールありき」の感は拭えない。
福島第1原発では、溶融した核燃料を冷やした水に地下水や雨水も混ざり、大量の汚染水が発生し続けている。多核種除去設備(ALPS)の浄化では水と同じ性質を持つトリチウムは除去できず、処理水を敷地内のタンクに保管している。
その量は約127万トンにもなる。23年春にはタンクで敷地が逼迫(ひっぱく)し今後の廃炉作業に支障が出るとして、政府は4月、処理水を海洋に放出する方針を決定した。
東電が示した計画では、処理水を海水で薄め、海底トンネルを通じて沖合約1キロで放出する。沖合でトリチウム濃度を測定する監視態勢も強化するという。放出には20~30年かかる見通しだ。
トリチウムは通常の原発も放出している。基準の濃度を守れば、人体や環境への影響はないとされる。ただ、事故の当事者である東電の濃度管理が信頼を得られるか。柏崎刈羽原発(新潟県)で核物質防護の不備が発覚し、企業統治や安全性への意識が問われ続けている。
政府は国際原子力機関(IAEA)の支援を取り付けたが、第三者機関による客観的な安全性の担保は必須条件だろう。とはいえ、科学的な「安全」と、地元の「安心」は別に考える必要がある。
海洋放出に対し、全国漁業協同組合連合会(全漁連)は当初から「断固反対」の姿勢を崩していない。地元漁業者は事故後、操業自粛に追い込まれ、10年かけて風評被害と闘ってきた。今も漁獲量は事故前の2割程度にとどまるという。
確かに、処理水問題はいつまでも放置できる問題ではないにせよ、海洋放出が始まれば新たな風評被害が起こりかねない。そう懸念するのは当然だろう。
政府は、風評被害が発生した場合に公費による水産物の買い支えや販路支援、東電に賠償の枠組みを指導するといった対策をまとめた。
しかし、生活の再建や産業の復興に費やしてきた時間まで賠償できるわけではない。漁業者ら地元住民の理解は不可欠だ。
全漁連は放出方針の決定後、政府に処理水の安全性担保や安心して操業できる方策の明確化などを求めていた。だが、いまだ具体的な回答はないという。漁業者や地元をないがしろにして計画が進んでいると受け取られても仕方があるまい。
不安や反発を解消できないままでは、今後の復興に影を落としかねない。海洋放出の前提として、政府と東電には地元との信頼関係を築き、納得を得る責任がある。