2021.08.06 08:00
【原爆の日】核廃絶へ具体的な道筋を
76年前、被爆者は突如、強烈な閃光(せんこう)の後に現れた地獄絵図の中で大切な家族や友人を奪われた。命が助かった人も健康への不安や差別にさいなまれながら長い時を過ごしてきたことだろう。
日々の苦しい闘いにもかかわらず、多くの被爆者が悲惨な体験をそれぞれの場で語り継ぎ、世界へ発信してきた。
「ノー・モア・ヒバクシャ」。理不尽な境遇の末にたどり着いた、揺るがぬ願いに背中を押されてのことだろう。長崎市の平和公園では今も毎月9日、「反核」を訴える座り込みを続ける被爆者もいる。
そうした取り組みにことし1月、やっと一つの転機が訪れた。核兵器禁止条約の発効だ。核兵器の開発や保有、使用を全面的に違法化する初めての国際法規である。
米国、ロシア、英国、フランス、中国に核兵器保有を限定した核拡散防止条約(NPT)でも核軍縮は保有国の義務とされている。だが、現実には軍拡競争の兆しさえみえる。英国は3月、中国やロシアに対抗する形で核弾頭の保有上限を引き上げると表明した。
硬直したNPT体制に対する非保有国のいらだちが禁止条約につながった構図もある。ただ、身をもって核兵器の非人道性を知る被爆者の説得力は、国際世論の醸成に大きく貢献したのは間違いない。
非政府組織(NGO)の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が被爆者こそ「核の専門家」と呼ぶのは、確かな足跡への敬意を込めてだろう。
ただ、長年の取り組みはまだ報われたとは言いがたい。日本が保有国とともに禁止条約に加わっていないからだ。菅義偉首相は「条約に署名する考えはない」と明言し、来年1月に予定される第1回締約国会議へのオブザーバー参加にも消極的な姿勢を示している。
米国の「核の傘」に頼る現状を踏まえ、日米関係には資さないと判断して禁止条約の動きとは距離を置いているのだろう。
だが、世論調査をみれば、日本が禁止条約に参加すべきだと考える人が71%、第1回締約国会議に出席すべきだとする声も85%に上る。国民は「唯一の戦争被爆国」である責任を重く受け止めている。
保有国の論理ともいえるNPTと非保有国が進める禁止条約は、本当に相反する流れなのか。両条約の本来の趣旨からいえば、核廃絶へ相互に補完的な役割を果たすよう促すことは不可能ではないはずだ。
禁止条約の締約国会議には、日本の被爆者も参加する見通しだ。核廃絶の実現まで、その闘いは終わらない。政府は被爆者の願い、国民の声に向き合い「核なき世界」への具体的な道筋を探る責務がある。