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2021.07.04 08:40

ちいきのおと(27)中村山手通(四万十市)自作キッチン車で串カツ 移住店主 神戸の味で根付く

おしゃれな雰囲気の手作りキッチンカー。サンドイッチを売るはずだったが…(写真はいずれも四万十市中村山手通)
おしゃれな雰囲気の手作りキッチンカー。サンドイッチを売るはずだったが…(写真はいずれも四万十市中村山手通)

おしゃれにサンド販売予定が…赤ちょうちん!?
 「おおきにー!」。四万十市中村山手通の一角で昼に夜に関西弁を響かせる。兵庫県加古川市から移住した西村篤志さん(58)。サンドイッチを売ろうとおしゃれなキッチンカーを自作したものの、結局赤ちょうちんをぶら下げて串カツ店を始めた。思い描いた移動販売の機会はほぼないが、その分、地域に根を張りだした。 

 兵庫では長年、配達員として運送会社に勤めた。趣味はサーフィンで、海辺で暮らすのが夢だった。「移住したい」と漏らすたび、妻の加奈さん(46)に「何言うとんねん」と一蹴されていた。

 加奈さんは設計士。その頃は2人とも忙しく、顔を合わせるのは朝だけ。会話のない日もあった。人生このままでいいんやろうか―。そう考え、「移住しよか」とつぶやいたのは加奈さんだった。

 ◇ 
お客さんと乾杯する西村篤志さん。「人とつながれへんかったら、どうにもならんやん」
お客さんと乾杯する西村篤志さん。「人とつながれへんかったら、どうにもならんやん」

 2015年、四万十市に移住。西村さんは配達員をしながら、平野海岸などでサーフィンを楽しむ日々となった。が、昨夏に退職。「自由に商売してみたい」。もう一つの夢へ動きだした。

 その一歩がキッチンカーの製作。とある映画の主人公がトラックを改修し、キューバサンドを販売しながら旅をしていた。「ええな、思て」

 20代の頃は自動車整備士。自宅ガレージで半年ほどかけ組み立てた。ブルーグレーの車体に「Shimanto」のペイント。木製の窓や棚も洗練された雰囲気だ。キューバサンドのレシピも研究し、開店まであと一息となった頃…。

 市内外の友人から突っ込まれた。「関西人やろ」「お好み焼きやたこ焼きが食べたい」。西村さんも「こだわりはなかったから。ほな串カツやろか~と」。さらりと方向転換し今年3月、自宅前で営業を始めた。

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あつあつの串揚げと<br>神戸市長田区から取り寄せたソース
あつあつの串揚げと
神戸市長田区から取り寄せたソース
 店名は「神戸揚げもん屋 長田」。生まれ故郷の神戸市長田区にちなんだ。「神戸の下町。かどかどに粉もんの店があって、ソースの専門店もある」「子どもの頃は、白ご飯片手に通った」

 故郷の味にはこだわりも見せる。ソースは長田区から取り寄せ。関西では定番の串揚げメニュー、紅しょうがは自家製で、ガツンと濃い味。揚げ豆腐に秘伝のたれを絡めた「長田ステーキ」は、「子どもの頃、うちの肉は分厚いぞって勘違いしてた」と笑う思い出の一品だ。

 串カツは1本100~150円。学校帰りの中高生もテークアウトしていく。ご近所さんがふらりと立ち飲みに来たかと思えば、机といすを持参する家族連れも。

 新型コロナウイルスの影響で、当初考えていたイベントなどへの出店はほとんどできない。それでも「地域の人がすーごい宣伝してくれて。人があったかい。こっち来てからほんと思う」。

 そんな地域で「ゆくゆくは店を建てたい」と、さらに“根”を伸ばすつもりだ。

 キッチンカーの営業は平日が午後3時ごろ(土日は昼前)から日没まで。悪天候の日は休み。出張営業の依頼があれば、山手通から動くかも。(幡多支社・今川彩香)


《自慢のイッピン》
あつあつとろとろ「ベンベン焼き」

 お好み焼きではなく、もんじゃ焼きでもない。その名も「ベンベン焼き」。大阪府出身の夫妻が営む居酒屋「串三郎」オリジナルの一皿だ。
 生地はすりおろした長芋とキャベツ、卵、だし。「粉」は使わない。十分に空気を含むよう、よくかき混ぜるのがこだわりだ。鉄板に生地を流し入れたら、豚肉を載せて焼く。仕上げはソースとマヨネーズ、かつお節。
 客の興味を引こうと、あえて耳慣れない名前をつけたという。何がベンベンかは不明だが、あつあつ、とろとろで、ソースと相性抜群。来店のたびに注文する客もいるそうだ。
 550円(税込み)。営業は午後5時半~10時ごろ。月、金曜定休。 (幡多支社・河本真澄)


《ナイショのメイショ》
街中のオアシス

 
官庁や商店が集まる市街地にあって、一條鶴井公園はオアシスのような水と緑の空間だ。水辺で遊ぶ子どもたち、ベンチに腰掛けおしゃべりに花を咲かせる中高生、夜は酔いをさますサラリーマン…と、さまざまな人が集う。

 記念碑にある説明文によると、この辺りは昔「ツルイ」と呼ばれたらしい。長宗我部地検帳などから推測されているが、公園名にはやはり「一條」氏を冠するのが幡多らしいだろう。

 元は民間の駐車場だったが、市の整備事業で2004年、「小京都」を意識した日本庭園風の公園に生まれ変わった。広さは約300平方メートル。園内の小川には四万十川の澄んだ水がさらさらと流れている。(今川彩香)


《ちょっとチャット》
土居奈央さん(17)中村高2年

 中村にはお祭りがたくさんあって、ここからなら歩いて行けるのがいいところ。花火も自宅から見えるので家族で楽しんでいます。山手通に同級生もいたけど、県外や市外に進学しました。自分はまだ分からないけど、市外に出ても戻ってきそう。人が減っていますが、地域の人が集うお祭りは続いてほしい。


 四万十市の中心部に位置し、地名は1960年の区画整理前まで「山際」だった。旧中村町史によると明治時代は田園地帯だったが、現在は県幡多総合庁舎や中村簡易裁判所が立つ“官庁街”。市出身の思想家、幸徳秋水の墓がある。5月1日現在、76世帯122人。

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