2021.06.19 08:15
[音土景] 音感じる土佐の風景(6)入魂 焼けた鉄を打つ
土佐打刃物の鍛冶職人、浜田芳彦さん(86)=香美市土佐山田町=が、千度近くまで熱せられ真っ赤に焼けた地金に、勢いよく小づちを振るう。
県内に2人という斧(おの)専門の職人。木綿の作業着にはあちこちに焼けこげた穴が開いている。
「熱いし、しんどい。もうやめたい。けんど欲しい人がおるから、続けんといかんわよ」。歯を食いしばり、また小づちを振り上げた。
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かつて土佐打刃物の鍛冶職人たちは、農林業の道具も盛んに作っていた。だが、外材に押されて林業は徐々に衰退。チェーンソーなど道具の機械化も進み、職人は減った。県土佐刃物連合協同組合によると、1980年には194の組合員(事業所)が所属していたが、現在は49。その最古参が、浜田さんという。
職人修業を始めたのは17歳の頃。「山の景気はえいし、鍛冶屋も繁盛しよった」と、現在のJR土佐山田駅近くで斧鍛冶をしていた西岡幾太郎さんに弟子入りした。ただ、師匠は「何ちゃあ教えてくれん」昔かたぎの職人。見よう見まねで形や動作を学び、「打てるようになるまで7年はかかった」。
南国市の鍛工場を経て、34歳で独立。満足いく斧が打てるようになったのは、40代になってからという。
長年、浜田さんの斧を仕入れている西山商会(香美市)の西山武会長(78)は「形が良く、切れ味鋭い。全国にもこれだけの斧はない」と太鼓判を押し、「まだまだ現役でやってほしい」と話す。
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師匠の娘、豊子さん(82)と結婚し60年。斧一筋で、娘2人を育て上げた。
打つ数は減ったが、近年では伊勢神宮(三重県)の式年遷宮の御用材となる木曽ヒノキの斧入(おのいれ)式や、諏訪大社(長野県)の御柱祭に登場する大木の伐採式で、浜田さんの斧が使われた。
「わし限りよ。もう斧鍛冶は時代に合わんわ」とぽつり。「腕があったき、やってこれたのよのお」。職人の静かな自負心が、ぎらり光った。(山下正晃)