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2008.03.31 07:00

『本城直季 おもちゃな高知』シノゴをかかえる友達

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高知市帯屋町2丁目・中央が本城直季さん


 長屋のような二階建ての木造のアパートは、学校のある丘へと続く長くて急な坂道を下ったあたりに立っていた。学校帰り、カメラを肩からぶら下げた仲間たちは、毎日のようにその部屋に向かう。共同のお風呂近くのドアをノックするが返事があるかはあんまり関係なく、ノブを回すと軽いドアはいつもふわっと開いて、大きな押し入れのある6畳一間に3畳ほどの台所が現れた。
 
 ある日、調味料や料理器具、食器で埋め尽くされた台所で、大きなずんどう鍋が、ガス台に載っていた。鍋の前で小柄な部屋のあるじは、今日のは出来が良い、と言って自慢げな笑顔。鍋の中にはおいしそうな豚の角煮が浮いている。
 
 部屋では、すでに仲間たちがご飯の到着を待ちかねて騒いでいる。しょうがないな、という顔をしながら支度をするひげの濃い部屋のあるじが、まるでお母さんに見える。テーブルに料理が並べられると、われ先にとはしを伸ばす仲間たちを怒りながらも、おいしい、といって食べる姿を見ながら笑っていた。
 
 10人ほどが、家主の作った料理をつまみながら、大抵朝方までお酒を飲んで大騒ぎし、そのままみんな折り重なるように眠る。テレビ台の上にはいつも、あるじの古びたニコンFEが置いてあって、それを囲むように仲間の一眼レフが避難していた。静かになったアパートの1室で、部屋の隅に追いやられたカメラのレンズにはあのころの日常が映っていた。

       ◇
 
 「毎日誰かいたね。1人で寝たことほとんど無かったし」。そう言って学生時代の記憶を思い出すのは、木造アパートの部屋のあるじだった本城直季さん(30)。「お金無いから家で飲んで、料理作るの楽しかったし、おれが作ったらみんな当然のように食べてたでしょ」
 
 浪人時代から映画制作を目指したが、受験に失敗して「何となく」写真を学び始めた彼。でも学年が進んでいくと、暇な時間を埋めるように街の風景を撮り始めた。そして大学4年の時、「シノゴ」と呼ばれる4×5判の大型カメラを手に、夜の住宅地や夜景を撮るようになった。それから5年がたち、気が付くと風景をミニチュアに作り替えて、「写真界の芥川賞」とも呼ばれる木村伊兵衛賞を受賞していた。

       ◇
 
 離れた場所で活躍する彼と故郷に帰り高知新聞に入社した私。長屋で過ごした時間はずいぶん遠くなったが、高知の姿をシノゴでおもちゃにする彼を隣で見ていると、あのころから時間が止まっているような気がしてしまう。
 
 数カ月前、私の結婚式に彼は仲間と一緒に、胸のあたりに二つの紙の花飾りを付けたTシャツを着て現れた。仲間たちは飾りから伸びたひもを新婦に持たせて、一気に引っ張れ、と言う。「痛てーっ」。飾りの代わりに、洗濯ばさみが作った真っ赤っかな乳首の花が咲いた。
 
 「おまえにはもったいない」と彼が言う大事な人ができたから、やっぱり時間は何となく流れているようだ。(飯野浩和)=おわり

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