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2008.02.25 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』緑の水に映える牛

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長岡郡本山町下関


 くねくねと流れる吉野川の上流域。水際まで広がる放牧場。小さな牛舎の前で六頭の牛が並んで、寝床の準備が整うのを待っていた。夕暮れの光に照らされて赤茶色の体が黄金色に光っている。
 
 「入り口開けたら自分で入ってくるき、人間よりりこいで。わしらぁ、若いうちはなかなか家帰らざったけど」。あははっと笑うのは細川理男(みちお)さん(66)。牛舎を掃除した後、餌にする稲わらの束をほどいている。隣の納屋では、妻の悦子さん(59)が刈りたての牧草を機械で細かく切っている。

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 細川さん夫婦は、繁殖専門の牛農家。母牛を飼い、種付けで生まれた子牛を市場に出している。仕事のこつは「いっぱい食べても大丈夫なように腹をつくることよね」と理男さん。子牛は、生まれて4カ月ほどで離乳する。「腹をつくる」とは子牛に牧草や飼料を上手に与え、胃が大きくなるように育てること。そうすれば、良い牛になるという。
 
 話をしている理男さんの足元で、ひなたぼっこをしていた犬のりょうが、足を投げ出して昼寝を始めた。

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 高い山に太陽が隠れ始めたころ、悦子さんが刻んでいた牧草の餌ができ上がった。牛舎の外には、牛たちがちゃんと行儀良く並んで待っている。悦子さんが扉を開けると、1頭ずつ部屋のように仕切られた寝床に入っていった。
 
 6頭それぞれに個性があり、子牛が生まれたとき、人間が近寄っても気にしない牛もいれば、自分が間に入って子牛を守ろうとするのもいるという。理男さんが寝床の後ろの少し大きな部屋を指さす。出産用の部屋だそう。「牧場で知らんうちに産んじゅうときもあるけど、無事に生まれるのが一番。子牛が乳飲んだら、ほっとして『くつろいだ』と思う」
 
 誕生から見守り、育て、八カ月ほどで手元から送り出す。子牛は「肥育農家」の手で大きく育てられ、やがて命は人々の食となる。
 
 20年ほど前、理男さんの放牧場で1頭の幼い子牛が脚の骨を折ったという。子牛といっても体重は軽く100キロを超える。立てることも、寝返りもできず、弱っていく。結局、子牛は食肉加工場に運ばれていった。老いて市場に出ていき、安くさばかれる母牛のことなども含め、理男さんは「かわいそう、という気がないと言うたら、うそになる。口で言わんばあなことで」と話した。

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 吉野川沿いに、山あいをうねる国道を走っていると、ふいに木々が途切れ、対岸に見える牧場。のどかな美しい風景に引かれて、写真を撮る人も少なくないらしい。「わし、逃げちゃるんよ。遠慮して。モデル料もらわな、いかんなるけね」と笑う理男さん。「でも周りから、嶺北の顔、本山の顔じゃ言われるもんやき、やめるわけ、いかんじゃんか。おだてゆうのか、何なのか分からんけど」
 
 牛舎から鳴き声が聞こえる。太陽はすっかり山の向こうに姿を消した。川面に映る牧場の一日が終わる。(飯野浩和)

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