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2008.02.04 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』おんちゃん、もう行きなよ

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高知市の高知港周辺


 湾の奥の静かな高知港に流れ込む細い川を伝い、少しさかのぼると道沿いにある小さな商店。ガラス戸越しに店内をのぞくと、たくさんの駄菓子が並んでいる。店に入ると、客が来たことを知らせる電子音が響くが、誰も出てこない。「ごめんください」。何度か声に出すと、ふわっと出てきたおばあさん。「はい、いらっしゃい」。真っすぐ伸びた背筋に、血色の良いにこやかな顔。
 
 大正5年生まれと教えてくれたのは、刈谷四重(よつえ)さん(92)。店に立つ姿は70歳代に見えたので驚いていると「耳も遠うなって、もういかん」。
 
 「なんちゃあ、食べるもんが無かった。友達が作った芋あめを、売ってみんかね、言われてうちの土間に並べたのが最初の商売」と終戦後に始めたお店。
 
 70年前に近くのセメント工場に勤めていた男性と結婚したが、まもなく夫は軍隊に召集され、中国大陸に行ってしまった。「何でもせにゃ食べていけざったき、スコップ持って土方のまねしたり、近所の会社にお茶を沸かしに行ったり、子どもをおんぶして仕事に行ったよ」
 
 ある日の夜、たくさんの爆撃機が飛んできて「高見の方に照明弾を落とした」。その後、次々に降ってくる焼夷(しょうい)弾。「ほうりゃ怖かったでぇ。真っ赤なもん」。四重さんは幼子の手を引いて裏の山に逃げた。「朝になったら街から裸になった人が『助けて、助けてー』ゆうて歩いて来よった。桟橋から街は丸焼けよ。高知市らぁ、全部無かった」。駄菓子の山に目をやりながら話す背中が、少し丸まったような気がした。
 
 「おかえり、と言うた。それだけ」。戦争が終わり、家族の元に帰ってきた夫。幼い息子は「おんちゃん、もう行きなよ」と言った。
 
 「お父さんが帰ってきたとき、この辺焼夷弾がいっぱい落ちちょったよ」。夫は破片を拾い集め、「たんたんたたいて、小さな鍋を作ったり、せんばをこしらえて闇市でさばいた」という。そうして手に入れた米が家族の口に入った。「お米の一粒も無いときやきね。闇市で買うてくれる人、助けてくれる人がおった」と懐かしそうな四重さん。息子に「おんちゃん」と呼ばれた夫は、亡くなって、もう随分になる。
 
 夕方、小学校低学年ぐらいの女の子が2人入ってきた。手に取ったお菓子の値段を次々尋ねながら、「あんまりお金持ってないがよね」。でも、すでに数百円買っている。「20円、40円」と一つ一つ答えていた四重さんは「あんまり買われん。あしたにしなさい」。袋にいっぱいのお菓子を持って店を出る小さなお客さんを「お母さんに分けちゃりよ」と四重さんは見送った。
 
 「売り上げはほんとに無いけど、店を開けちゅうばあなこと。年寄り連中が話しに来てくれたら、今日もこれで日が暮れた。よかったわぁと思う」
 
 ガラス戸の外はすっかり暗くなってしまった。「さぁ、ごはんごはん」。そう言って、伸びた背中が店の奥へと入っていった。(飯野浩和)

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