2008.01.29 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』タイガースはいずこ…

 高知市九反田、農人町付近
高知市九反田、農人町付近

 「今までで一番、怒ったこと? うーん……」。大正時代から続くという、小さな酒店。ビールの段ボール箱に腰掛けたひろしさん(45)は、ひとしきり考えた後で言う。「ないねえ」
 
 じゃあ一番泣いたのは、どんなとき? 「…待ってね。えーっと、んー…」と再び考え込んで、やっとこさ答えを絞り出した。「ないねえ」
 
 ないことは、ないでしょうと言うと「ごめん、だってすぐ忘れるから」と笑った。
 
 冬の昼下がり。少し傾いた古いガラス戸越しに、春を待つ桜並木が見える。勤め人風の中年男性が道路を渡ってくるのを見て、ひろしさんは立ち上がり、ステレオの音量を絞った。バラッドをのんびり歌っていた「オールマン・ブラザーズバンド」は、途端にささやき声になった。オールマン―は一九六〇年代から活躍した米国南部のロックバンドだ。
 
 店にはブルースブラザースやビートルズの特大ポスターが張られ、ギターが数本。洋楽のCDとアナログレコードは約2千枚あり、ひろしさんいわく、ここは「お酒と音楽のクロスオーバー空間」だそうだ。それなら、店内でロック音楽を掛け続けてもよいのに、客を迎えるときは遠慮して音を消す。一体、自分が積極的なのか、消極的なのか、ひろしさん本人もよく分からないらしい。
 
 やってきた中年男性客に地酒を薦め、何本か買ってもらうと、ひろしさんは手書きで作った蔵元紹介、音楽のミニコミ紙を1部ずつそっと袋に入れた。
 
 ひろしさんが幼稚園に通っていたころは、卸市場がそばにあった。競りを終えた人たちが、自分たちでさばいた魚を提げて店に来ては、一杯やった。表裏のない物言いだから、けんかがしょっちゅう起きる。「包丁を使う仕事だから、市場でお酒は飲めん決まり。だからその分、飲む気満々で店にやってくる。大変だったわー」とひろしさんのお母さん(79)。1階の騒ぎ声で目を覚ます子ども時代。店は忙しかった。小学校入学式の日は、迎えに来るはずのお母さんが来ず、教室で1人、待たされた。「駆け込んだら、じーっと、おとなしゅうおってね。かわいそうなことした」と老いた母は言う。
 
 物静かな少年は、高学年になると、野球チーム「しんぼりタイガース」のキャッチャーになった。あこがれは阪神の田淵捕手。「長嶋や王みたいな大スターじゃないけど、ぽわんと優しそうな、おうような感じがいいなと思って」と言う。そのころ聴いたのがビートルズのレット・イット・ビー。いとこや野球仲間と洋楽レコードを聴き回すようになった。中学の野球部で丸刈りになっても、仲間同士ギターを弾き合い、アルバムを夜、部屋で聴いた。そうやって胸の内に、自分の世界を広げていった。大学を出てビール会社に入り、家業を継いだ今も、ずっと音楽がそばにあった。記憶を覚ますスイッチは、その時々に聞いた歌たちだ。
 
 「あ!」とひろしさん。「そういえばいつの間にか、あのチーム…しんぼりジャイアンツになってるんだよな…」。初めて悔しそうな顔になった。(天野弘幹)

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