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2008.01.07 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』古城山のホトトギス

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四万十市の為松公園


 この町に移り住んで数カ月。ほんのひととき、子どものころに戻れるお気に入りの場所がある。四万十市の為松公園。木々のぬくもりを感じる緑のトンネルを歩けば、足元で落ち葉が鳴り、小さなかさをかぶったドングリがひょっこりと顔をのぞかせる。時折吹く北風に枝が大きく揺れ、鳥たちが飛び去っていく羽音が耳に心地よい。
 
 今日もまた鉄棒にぶら下がり、ブランコを揺らす――。幾筋にも延びる山道を歩いた先に、安土桃山時代の城をまねて建てられたという市立郷土資料館が見えた。最上階の“天守閣”に上がると、両手いっぱいに資料を抱えた館長さんがやって来た。「ここから見る景色はええでしょう。四万十川に後川、すぐ下に見えるのは中村高校。中村の町がよう分かる。月に1回くらい、近くに住みよう人もこの風景を見に来よりますよ」。館長さんと2人、ぐるり1周見渡す。眼下に広がる町が、新春の空にひときわ映えて見えた。

       ◇
 
 山を下り、“お城下”にある1軒の家に向かった。谷本土佐雄さん(82)は30年以上にわたり、中村高校の教壇に立った。赤い火がともったストーブの前に座る。土佐雄さんの話が始まると、時計の針がゆっくりと巻き戻っていった。
 
 昭和21年9月。大学卒業後、土佐雄さんが初めて赴任したのが母校でもある旧制中村中学校(現中村高)だった。専門は理科。化学や生物の授業を受け持った。授業中、為松公園の山から鳥の鳴き声が聞こえると、学生時代の記憶が懐かしくよみがえったという。
 
 「春にはウグイスの鳴き声がよう聞こえてきてね。夏はホトトギス。昔は毎朝、朝礼をしよったから。校庭に全員並んだらやかましいゆうばあ、ホトトギスが鳴きよった。これは強う印象に残ってる。秋になったら、ヒヨドリがやって来て、鋭い声で鳴く。冬はフクロウやったね」。「ホーッホー」と土佐雄さんが口をすぼめて、鳴き声をまねして見せた。
 
 春や秋になると、生徒たちを思い出の山に連れ出した。「植物の名前とか、この山がどんな山なのかとか。そういうことを教えた。難しい話ばっかりしよっても生徒はもたんから、息抜きにね。答案をさげていって、山の中で解説したこともある。教室でもらうよりも、別の感覚があるやろう」と笑う。
 
 「あの山には、みんな思い入れがある。『岩根こごしき古城山 流れ逆巻く渡川』って(旧制中学校の)校歌にあってね。僕らあにとったら、あの山は古城山言うて、合言葉みたいなもん。遊び場所であり運動場の一つ。学校をさぼって遊びに行きよった生徒もおる。シイの季節になったらホームルームを抜け出してね。『あいつ今日もおらん』って言うたら、シイの実を拾いに行っちょったり」と懐かしそうに目を細めた。
 
 時計の針が再び、時を刻み始める。自然と“古城山”に足が向いた。今なお、数多くの人々の思い出が生きる山。ふと見上げた空。1本の桜の木の先で、小さなつぼみが新たな命を輝かせていた。(横山仁美)

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