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2007.10.22 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』海のちっちゃな住人

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幡多郡大月町柏島


 「よかったかどうかは、死ぬ時にでも分かるんでしょうけど」と、つっきーさん(47)は笑う。
 
 小さな島で、ダイビングのガイドを始めて4年目。毎日海に潜る顔は、太陽と潮でよく焼けている。
 
 神奈川県横浜市出身のつっきーさんは、20歳を過ぎたころ、大手のカメラメーカーに勤め始めた。
 
 海や魚に興味はなかったが、24歳の時、友人に誘われて、ダイビングの認定書を取り、夏になると伊豆や沖縄へ出かけた。面白くなってきたのは、中古の安い水中カメラを手に入れ、写真を撮り始めてから。パラオやサイパン、紅海に潜り、悠々と泳ぐ大きなマンタや、魚の大群にシャッターを切った。10年近くが過ぎると、世界の海を一緒に泳いだ仲間たちは結婚や出産で、いつしか海から遠ざかっていった。
 
 つっきーさんは、小さな生物に近寄って撮れるマクロレンズを持ち、1人で潜ることが多くなった。海の中、生き物たちとの静かな対話。
 
 ある時、ダイビング雑誌をめくっていて、柏島の記事に目が止まった。フリソデエビという、まだ見たことのないエビが載っていた。名前通り、振り袖を着たような、ちっちゃな生き物。「行ってみよう」
 
 8年前の夏、つっきーさんは初めて島の海を泳ぎ、岩の陰に隠れる小さな海の住人たちと顔を合わした。「何も海外に行かなくても、四国にこんないい海があったんだ」と心を奪われた。
 
 目当てのフリソデエビは見られなかったが、温帯や亜熱帯、いくつもの海がぎゅーっと詰まった柏島の海には、たくさんの種類の魚たちが暮らしていた。
 
 翌夏も柏島で休暇を過ごし、東京へ戻ると、転勤を告げられた。高松だった。
 
 「高松かぁ、よかったぁ」
 
 それから2週間に1度のペースで柏島を訪ね、青い海に潜った。高速道経由で6時間掛かりも、苦にはならなかった。
 
 数年後、島のダイビングショップのガイドに誘われた。以前から「海のそばに住んで、好きな時に潜って」と漠然とした夢が頭に漂っていたつっきーさん。「今を逃したら次はない。独り身だし、そろそろ会社もいいかなぁと思っちゃった」。20年以上勤めた会社から島のダイビングショップへと“転職”した。

       ◇
 
 かつて、島の学校の教員住宅だった長屋に住みながら、目の前に広がる海へ出勤。ダイビングに訪れるお客さんに「いい写真撮ってもらいたいし、自分が初めて思ったことを、同じように思ってもらえれば」と、島の海に住む小さな住人たちの所に案内する毎日。
 
 たまに休みの日があっても、「海に入れることが楽しみ」と、カメラを片手に水に溶ける。
 
 「独り身の寂しさはあるけど、海のそばで暮らせればそれでいい」と言って、ははっと笑う顔に、太陽が光を降らす。島を囲む青い海が、優しい風を運んでくる。(飯野浩和)

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