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2007.08.06 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』バラのコーヒーカップ

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香南市野市町みどり野


 強い風を吹き荒らして、台風は去っていった。少し年老いた団地の道に、折れた木の枝や葉っぱが散らばっている。
 
 曇り空の下、古い車を磨いているおじいさんは上半身裸。夢中になってか、すててこが少しずり落ちている。大通りには、紅葉マークを張った軽乗用車がゆっくり行き交い、外れにあるスーパーマーケットの駐車場に滑り込んでいく。年を重ねた夫婦が降り、仲良くドアをくぐっていった。
 
 その脇で、大きく開いた後ろのドアに「ホットドッグ」の看板をつるした銀色の軽乗用車が止まっていた。車内に置いた1人がけのいすに座って、年配の女性店主が買い物客とおしゃべりしている。 しばらくしてお客さんは「ほんなら、またね」と言って、帰って行った。その手にホットドッグは持っていない。でも、店主は笑顔で見送る。
 
 1年前から、このスーパーでホットドッグを売っている、かずさん。それまで4年ほど高知市内の繁華街で車上販売していたが、駐車違反の取り締まりが厳しくなり、嫌になって市内を出た。「警察は『駐車場借りてやったらいい』ってゆうたけど、駐車場があるところは、人けがないろう」
 
 病気がちだった娘を病院に連れて行くため、40歳目前で自動車免許を取ったかずさんは、その翌年「子供に使うちゃるお金がないき」と2種免許を取得した。それから30年近く、タクシーのハンドルを握った。
 
 当時は女性の運転手さんは珍しく、お客さんからは「あんたが始まりじゃねぇ」と言われた。
 
 ある夜、酔っぱらい客を乗せた時、社長から通行を止められていた狭い道を通った。「(客が)みんなぁ酔うちゅうき、行ける行けるって」。そう言われて、かずさんは仕方なく、通ってみたがやはり、怖くなって車を止めた。すると、お客さんが車から降りて誘導してくれた。「あのころは、子供にしちゃらないかん、という思いばっかりやったき。必死やったねぇ」と、オーブンの上のホットドッグに手をやった。
 
 かずさんには、大切にしている物がある。タクシーに乗り始めてから、眠気を追い出そうと、コーヒーを飲むのが習慣になった母に「おかあちゃん、おめでとう」と、小学生だった娘がくれた誕生日プレゼント。バラの模様が入ったコーヒーカップを毎年贈ってくれた。うれしさからか、もったいなくて、何日か眺めてから、コーヒーを注いだ。「そりゃあ、おいしかった。本当、少ないお小遣いの中から、買うてくれた。それは、もう絶対に捨てれん、わたしの記念品」
 
 今でも、プレゼントのカップにコーヒーを注ぐと、小さかった子どもの顔を思い出す。「うれしくて、涙が出そうになる。昔に帰る」と言って、浮かべる笑顔がとても優しく見える。
 
 夕暮れ時、家族連れの買い物客の姿が見える。子どもの声の向こうで、紅葉マークの車が、とことこと家路についていた。(飯野浩和)

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