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2007.04.09 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』桜の下の、ゆきばあ

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高知市のはりまや橋公園


 春の青空に、桜の花びらが泳いでいた。

 ゆきばあは、空よりも青いブラウスにショールを羽織っている。高知市のはりまや橋公園。午後のあずまやで1人、小さなお弁当のランチ。

 どずん、ずん! 隣のビル再開発地で、黒い大型重機パイルドライバーがうなる。ゆきばあが負けじと声を張る。

 「んぁ? この子? めんよ、めん! ほんら、かわいいろう!」

 ゆきばあは、はしを持っていない手で、足元に寝そべった白い犬の頭をなでさする。犬の名は、ゆきちゃん。その飼い主だから、ゆきばあだ。

 兵庫県の海辺の都市から、ふるさと高知に戻ったのは6年前。踏ん切りをつけたのは、ともに暮らした人が事故で亡くなったから。

 ゆきばあが病院に駆け付けたとき、その人は手を握り、振り絞るように「ゆきちゃんを頼む」と言ったという。

 ゆきばあは、自転車の前かごにお骨と位牌(いはい)を積み、リュックサックを背負った。そしてスーパーでもらった買い物かごを荷台にくくり、ゆきちゃんを乗せた。捨て犬だったゆきちゃんは優しい性格で、まだ小さかった。

 国道をひた走り、コンビニやガソリンスタンドで休んだ。瀬戸大橋は1万数千円を払い、タクシーに乗った。自転車はトランクに。ゆきばあは、ゆきちゃんを抱いて。

 坂出で亡き人の母親に遺骨を渡し、ゆきばあは少しだけ肩の荷が下りた気がした。そしてまた高知へ向かってペダルをこいだ。

 「たいて、歩いてもんた。坂も、トンネルもたくさんあるろ。交番は五つくらい寄ったかな。みんないい人で『コーヒー飲んでけ』『なんか食ってけ』って。いつか、あの道をまた走って、順番にお礼に回りたい」

 ゆきばあは、たいてい公園で1日を過ごす。「借りゆうところ、犬、飼われんろ。朝そっと出て、夜中に帰って。しゃーない。犬とともに生きる人生」と言う。

 そしてゆきばあは、問わず語りに、過ぎ去りし日の恋の話をした。まだ高知にいたころ、最初の夫をやはり事故で亡くし、しばらくたったころのことだ。経営していた喫茶店にやってきた年下の新人の警察官。

 「物静かで男前。格好よかったぁ。でもある日結婚するって。背中で聞いて、あたし泣いたよ」

 ゆきばあは両手を交差させ、自分の胸を抱く。後ろに結んだ髪に、花の飾りが光る。

 夕暮れの風に舞う花。からくり時計の鳴らす早春賦が聞こえていた。(天野弘幹)

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