2021.02.21 08:41

ちいきのおと(8)曙町2丁目(高知市)バー「オセロ」で音楽修業

暗い店内で接客する小川良一さん(写真はいずれも高知市曙町2丁目のバーオセロ)
暗い店内で接客する小川良一さん(写真はいずれも高知市曙町2丁目のバーオセロ)
客がライブ プロも誕生 
マスター 口出さず応援

 高知大の正門から西へ200メートル。目の前を路面電車が走る通りの一角に、小さなバーがある。「オセロ」。創業から20年、ここで腕を磨いた県内の若手ミュージシャンは数知れず。その世界では、よく知られた店だ。

 午後8時、窓にかすかな明かりがともった。「いらっしゃいませ」。マスター、小川良一さん(48)が迎えてくれた。店内は顔も見えないほどの暗さ。目をこらせば、カウンターのみで10人も入れば満席。ここで定期的にライブが行われているという。

 吾川郡いの町出身。高校まで地元で過ごした後、大阪や東京で「ふらふらと。ドラムをたたき遊んでた」。

 23歳で帰郷し、高知市内のバーで修業。5年後の2000年12月、「家も近いし、学生も多い」と今の場所にオープンした。

 自身もバンドで演奏していた小川さん。気付けば音楽好きが集まるようになり、いつしか店内ライブが当たり前になった。

 ただし「適当なステージは許さない。一度聞いたらだいたい分かる」。やがて店の2階にはギターが並び、スタジオになった。酔っぱらった若者が泊まることもざら。「オセロ生まれ、オセロ育ち」を誇る路上ミュージシャンも多かった。

 後にプロになった一人が、浜端ヨウヘイさん(37)。13年には山崎まさよしさんの全国ツアーの前座を務めた、シンガー・ソングライターだ。

 「小川さんは演奏に何か言うわけじゃない。でも、ここでライブすれば何がいい音楽か答えが分かってくる」と浜端さんが語る。

 高知大卒業後、就職か音楽の道に進むか迷っていた頃。浜端さんの歌詞創作ノートの最後のページに、酔って書いたとおぼしき小川さんの文字があった。「何かいいこと書こうとしとったんやろうなあ。でも、これがまた、むちゃくちゃきったない字で…」

 判読できたのは「行動力」という言葉だけ。「けど、あの言葉に救われたな」。後のプロ入りのきっかけにもなったという。

 11年9月には浜端さんらオセロ育ちの7組が集い、狭い店を飛び出して、高知市内で「10周年ライブ」を開いた。台風の夜だったが150人ほどでにぎわった。最後に舞台に上げられた小川さんは、胴上げで何度も宙を舞った。

 20周年を迎えた昨年。再びライブを、の声もあったがコロナ禍で流れた。いずれ、の声に「ぜひ僕も」と浜端さん。みんなの店への思いをこう代弁した。「小川さんは酔っぱらうとめんどくさい。けど会えないと、さみしくなっちゃう。店は、久しぶりに帰る実家って感じ」

 再び、暗い店内。客も少ない。店内ライブも「昨年3月が最後」と小川さん。路面電車から漏れる光に照らされ、ふふっと笑った。「僕一人でやってる店。まあ、何とかやっていきますよ」。にぎやかな音が響く日を、心待ちにしている。(報道部・村瀬佐保)


《自慢のイッピン》
果実ごろり 甘酸っぱく
「ブルーベリーサンドイッチ」

 高知大生がキャンパス近くで運営するカフェ「satobito」。看板メニューは長岡郡大豊町のブルーベリーを使ったサンドイッチだ。

 もともと、過疎化に悩むブルーベリー生産者の力になりたいと、2017年にオープンした。頬張ると甘酸っぱいブルーベリーの粒がごろり。クリームたっぷりだが、さっぱりとした後味。他にブンタンなど旬のフルーツが登場することも。地域協働学部1年の木村佳愛さん(19)は「地元の人も楽しんでくれてます」とにっこり。新型コロナ禍の今は、ランチを取りやめ軽食中心に提供中。

 350円(税込み)。テイクアウトも可。営業時間は火、水、金曜の午前11時~午後2時。


《あの日あの時》
1965年 軍靴の足音響いた石畳

 高知大キャンパスはかつて、陸軍歩兵第44連隊の兵営だった。

 〈この石ダタミに“軍靴の足音”がこだました〉。

 1965年8月の高知新聞で、そう紹介されたのは、当時キャンパス内に残っていた兵舎。学生のサークル活動の拠点として活用されていた。

 戦後すぐの頃は、兵舎を改造した大教室でも授業が行われていたが、中央に太い柱が立ち並ぶなど使い勝手は悪かったとか。

 この頃から鉄筋ビルへの建て替えが急ピッチで進み、写真の建物は数年後に姿を消した。石畳もすでになく、戦争を今に伝える建物は、キャンパス西隣の国有地に残る弾薬庫と講堂のみとなっている。


《ちょっとチャット》
西川 五男さん(58)理容室「ボーイ」経営

 大学のリモート授業の影響で、通りを歩く学生もまばら。散髪店を開いて26年で初めてのことです。春の新歓コンパとか、気兼ねなくにぎわえる時が戻ってほしいですね。曙町は路面電車、バス、車が行き交い、「撮り鉄」にはたまらない場所。ご近所同士でおかずを交換したり、昔の長屋の雰囲気も残ってますよ。


 曙町2丁目の区画のほとんどが、高知大学の朝倉キャンパスの敷地と重なる。町名の由来については、1908年に当時の朝倉村村長の父が「永遠の若さを願って」命名した―、と地元の秋葉神社に記される。2021年2月1日現在、40世帯、74人。

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