2021.01.04 08:36

ただ今修業中 蔵人・杉本直人さん(28)高知市

「自分の手が加わったお酒ができることがうれしい」と話す杉本直人さん(高知市長浜の酔鯨酒造)
「自分の手が加わったお酒ができることがうれしい」と話す杉本直人さん(高知市長浜の酔鯨酒造)
日本酒で感動届けたい
 新酒の出荷を終えた師走の早朝。高知市長浜の酔鯨酒造ではすでに初夏に向けた酒造りが始まっていた。
 
 蔵の中には、容量5千リットルの仕込みタンク26個がずらり。そのうちの一つに櫂(かい)棒を差し込む。中には米の形が残る乳白色の液体。米のでんぷんが、麹(こうじ)と酵母の力でアルコールへ変わろうとしている状態だ。
 
 「酒を造ってくれるのは菌。僕はあくまで環境を整えているだけ」と淡々。内部の温度を整えるため、体を反らせながら、一心不乱にかき混ぜる。
 
 広島県出身。関西学院大の大学院では地下水について研究した。酔鯨酒造の「世界の食卓で愛される一本を」という目標に共感した。インターンを経て2019年春、杜氏(とうじ)を頂点とする職人集団の一員「蔵人(くらびと)」になった。
 
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 日本酒の魅力にはまったのは、関学大3年時に働いた神戸の焼き鳥屋。店の売りの一つが日本酒の品ぞろえ。甘さ、うま味、香りなど個性豊かで、温度変化で味が一変する奥深さもある。休日には日本酒バー巡りを始めた。
 
 酒造りを職に考えたのは、各地の蔵人らが集まるイベントに何度か参加してから。それぞれの土地で手間をかける思いを聞いた。「みんな『これが俺の酒!』と自信を持っていた。日本酒の消費減とか厳しい話をしながらも基本的にはわいわい楽観的。職人の世界が一気に身近になった」
 
 入社1年目は洗米を中心に担当。酒造りの最初の工程だが、米に含ませる水分量を間違えば、製造工程に影響する。洗う時間、浸す時間は季節や天気で異なる。神経は使うが、好きなことを職にした充実感があった。
 
 仕事になじんできた昨年春、酒の根幹、麹造りを習い始めた。温度、湿度を保つ部屋に入り、酒米に付けた麹菌を2日かけて増やす。だが、同じ条件は二度とない。麹菌の扱いはその都度変えるが、10年以上やっても迷うのだという。体で感じるしかないのだ。
 
 とはいっても、まだ2年目。「杜氏が示すゴールに少しでも正確に近づけるように」ともがく毎日。杜氏の藤村大悟さん(37)は「一つ一つの作業や工程の意味を深く理解しようとしている。後は引き出しをどれだけ増やせるか。将来は杜氏になってほしい人材」と期待する。
 
 ただ、これまで深く携わったのは酒造りの工程の半分。「自分の酒」を造るまで道のりは長いが、目指すものがある。「食事と一緒に楽しむのが酔鯨の軸。それを守りながら、飲む機会が少ない人もおいしいと思えるものを自分の考えで造る」ことだ。
 
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 昨年、先輩らが通う酒場の先々で“出没情報”が出回った。店主らによると、口数は少ないが、笑顔が無邪気。丁寧な受け答えもあって、気が付けばそこに会話の輪が広がっているという存在らしい。「お酒を楽しむ空間にいるのが好きなんです」。そう照れる周りに自然と社員も寄ってくる。
 
好きな言葉
好きな言葉
 職人としてではなく、一消費者としての思いもある。「全国の個性豊かな日本酒を多くの人に知ってほしい」。しかし、どういう手だてがあるのかは具体的ではない。ただ、気持ちのこもった日本酒は感動を与えられる―と信じている。職人としてファンとして、日本酒の可能性に魅せられている。
 
 写真と文・新田祐也

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