2020.12.17 08:39

ただ今修業中 高知工科大野球部監督・湯浅祐二さん(31)高知市

選手は「湯浅監督」ではなく「ユージさん」と呼ぶ。「親近感を持ってほしいから」と話す湯浅祐二さん(香美市土佐山田町の香美球場)
選手は「湯浅監督」ではなく「ユージさん」と呼ぶ。「親近感を持ってほしいから」と話す湯浅祐二さん(香美市土佐山田町の香美球場)
楽しむ野球を追究
 さわやかな笑顔が、彼の信念をストレートに表しているようだった。「最近忙しくて練習に行けなかったんですけど、こないだ久しぶりに出たら…めっちゃ楽しかったですね!」。そう言って笑う姿は野球少年のように明るい。7年前から高知工科大学硬式野球部監督を務める。「野球を楽しむ」をモットーに掲げ、それでいて四国六大学リーグではここ4季で3度の1部優勝。楽しく、強く―。そんなチームづくりを追究する。

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 山に囲まれた徳島県那賀町出身。地元の高校を卒業後、二つ上の兄に「自分でやりたいように野球ができて楽しい」と勧められ、入学したのが高知工科大だった。当時は四国2部で万年下位。決まった練習日もない弱小チームだったが、高校時代から自分で練習法を考えて上達していたため、自由な環境はむしろ理想的に思えた。

 大学ではずっとやりたかった投手に転向した。指導者不在で練習に来ない部員も多い中、先輩の助言を受けながら、自分で考えた練習をこなした。3年生の時には主将として優勝できるチームを目指した。「楽しくないから練習に来ない。なら楽しくなるようなメニューを考えよう」とノックにゲーム要素を取り入れたり、盛り上がる雰囲気にしたりと工夫した。練習に来るメンバーが増え、試合で勝ちたい気持ちも強くなった。その春、2部で初めて優勝できた。

 卒業後は民間企業に入り、野球から離れた。後輩の応援に行った球場で、当時の監督で理事長だった岡村甫(はじめ)さんに「監督にならないか」と誘われた。思いもよらない提案に悩んだ末、引き受けた。卒業から約1年後、大学職員となり監督に就いた。

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 野球部は再び弱小時代の雰囲気に戻りつつあった。その2年前に始まったスポーツ推薦制度でうまい選手はいたが、全体の半数ほどは真面目に練習をしていなかった。そこへ突然現れた23歳の監督。自分を知らない下級生からすれば「何や、お前」という空気だった。どうすれば彼らの心をつかめるか。ある日、「本気で投げるから、真剣に打ってこい」とマウンドに立った。打球はほとんど前に飛ばなかった。これを境に選手の顔つきが変わった。

 それでもやっと会話ができ始めた感覚。そこで主将の時と同様、「楽しむ野球」で練習嫌いの選手を引きつけた。自らノッカーもバッティングピッチャーも積極的にこなし、選手と一緒に汗を流し、声を掛け合った。高校時代の厳しい練習から解放された選手は、笑顔で伸び伸びとプレーをするようになった。

 就任2年後の2015年には1部昇格したものの、直後のリーグ戦は最下位。その頃から「自分でやりすぎてしまう」指導法を改めて、練習内容などを徐々に選手に任せるようにした。「学生の考えを尊重しないといけない場面もある。監督がそれをどこまでサポートできるかを大事にするようになった」

 試行錯誤を重ねながら、2018年には初優勝を果たし、この秋には3度目のリーグ制覇。順調なように見えるが、「結果が出ない時に『楽しむ』を掲げ続けられるか」との不安もある。組織づくりの向上に余念はない。

好きな言葉
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 今の目標は「全国で1勝」。「それよりも日本一楽しそうに野球をする大学になりたいですよね」。信念はぶれない。

 写真・森本敦士
 文 ・仙頭達也

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