2016.02.20 13:28

小社会 帰宅すると食卓にフキノトウの天ぷらが出た。直販市…

 帰宅すると食卓にフキノトウの天ぷらが出た。直販市で見つけたという。ことしも待望の春の先触れが、土を割って萌(も)え出る時節になった。箸を伸ばしてサクッとかむ。独特の香りと苦味が口いっぱいに広がった。

 近所の街路樹のハクモクレンもつぼみがぷっくり膨らみ、今にもほころびそうだ。どんな植物も春が近づいたからといって、急に芽を出したり花を咲かせたりするものではない。冬の間、眠っているような細胞の内部で小さな変化を繰り返す。その積み重ねがあればこそ。

 生き物たちの春への準備が見えないのは、「時間の尺度」が違うからだと物理学者の寺田寅彦は言う(「春六題」)。確かに人間の目は、一定の速度以下の変化には気づきにくい。ビデオのように早送りできれば別だが、春になるたび植物が一斉にむくむく成長する姿を見るのは、それはそれで薄気味が悪かろう。

 時間の物差しの目盛りを極めて小さくすれば、カゲロウの生涯も永遠に感じるかもしれない。逆に宇宙誕生からの壮大な時間に合わせれば、国家の歴史さえ刹那的な現象になる―。寅彦の思考には深く考えさせられるものがある。

 核やミサイル開発に執着する。せっせと人工島を造っては軍事拠点化して威嚇する。そうした国の指導者も時の尺度を変えて自らの振る舞いを見れば、むなしさを感じるだけだろうに。

 そう思って食べる春の味覚はいつにも増してほろ苦い。
カテゴリー: 小社会コラム


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