2020.10.24 08:56

高知県漁民、台湾へ戦前に140人移住 実態調査へ

1930年代の台湾・南方澳漁港でカジキ漁の船に乗った日本人の漁業移民たち。当時は高知からの移民も多かった(吉尾寛さん提供)
1930年代の台湾・南方澳漁港でカジキ漁の船に乗った日本人の漁業移民たち。当時は高知からの移民も多かった(吉尾寛さん提供)
高知大・吉尾名誉教授が情報呼び掛け
 台湾が日本統治下にあった大正から昭和にかけて、高知県の漁師ら約140人が東北部の港町・南方澳(なんほうおう)に移住した事実について、高知大学の吉尾寛名誉教授(67)=東洋史=が実態調査を進めている。一般にはほとんど知られておらず、詳細が分かれば、高知と台湾の新たな交流の芽になる可能性もあるが、史料が限られているのが実情。吉尾さんは、移住者の子孫らに情報提供を呼び掛けている。
 
戦前の漁業移民について研究する高知大名誉教授の吉尾寛さん
戦前の漁業移民について研究する高知大名誉教授の吉尾寛さん
 南方澳は沖に黒潮が流れる好漁場で、台湾総督府は1921年、産業拠点として漁港整備に着手。23年に完成すると、高知や愛媛などから漁師に移住を呼び掛けた。39年に発刊された専門誌「台湾水産雑誌」によると、高知県からは26年に12世帯65人が海を渡ったのを皮切りに、ピーク時の39年までに計24世帯139人が移住。このとき日本人移民は41世帯212人で、その7割近くを高知出身者が占めていた。...

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カテゴリー: 社会

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