2020.09.25 08:47

水の恐怖 今も鮮明 土佐湾台風から半世紀 高知市・下知地区住民 泥にまみれた労苦語る

台風から一夜明けた知寄町付近。電車通りも住宅街も濁水につかった(1970年8月、高知市)
台風から一夜明けた知寄町付近。電車通りも住宅街も濁水につかった(1970年8月、高知市)

一人一人 防災の心構えを
 50年前の1970年8月21日。「土佐湾台風」による高潮と高波で高知市は甚大な被害をこうむった。特に海抜ゼロメートルの下知地区は水没。「油断していた」「災害ごみに悩まされた」―。住民とともに当時の記憶をたどった。

■「早う2階へ」
 「風がえろうて、家が揺るぎよった」

 高知市知寄町1丁目の電車通り沿いにある創業71年の「国見印章堂」。当時、一家4人で店2階に暮らしていた国見淑(よし)さん(84)が台風襲来を振り返る。
当時の被害を伝える写真誌を見ながら土佐湾台風を振り返る国見淑さん=左=と長男の俊介さん(知寄町1丁目)
当時の被害を伝える写真誌を見ながら土佐湾台風を振り返る国見淑さん=左=と長男の俊介さん(知寄町1丁目)

 朝。閉めていたシャッターのすき間から水が噴水のようにあふれていた。それまで大雨で土間が水浸しになることはあった。こんなことは初めてだった。

 ドンドンッと戸をたたく音。「早うみんな2階へ上がれ!」。消防団員だった夫の故安行さんが見回りから戻って叫んだ。屋内の濁水はあっという間に1・6メートルほどに。はんこをつくる機械や冷蔵庫が水没した。...

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カテゴリー: 社会高知中央

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