2020.08.14 08:33

「公務員」を捨て、荒波へ 高知市元職員3人の今

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、全国で民間企業の廃業や従業員の解雇が相次ぐ。そんな世情不安にあって、安定ぶりが際立つのが公務員だ。ただ、中にはこの身分を捨て、それぞれの事情と希望を胸に民間の荒波へとこぎ出した元職員もいる。高知市役所を中途退職した3人を訪ねた。最近どうしてますか?

自己矛盾感じ継承者に 「素の自分」で向き合う
外車販売店店長 西森文彦さん(44)
ショールームで新車を販売する西森文彦さん(高知市知寄町1丁目)
ショールームで新車を販売する西森文彦さん(高知市知寄町1丁目)
 2019年3月、高知市の正職員2700人のうち“精鋭”が集まる本町仮庁舎3階がざわついた。将来の市政を担う一人と目されていた中堅が突然、辞職願を出したのだ。

 政策企画課の課長補佐だった西森文彦さん(44)=土佐市新居。病気でもなければ、何かやらかしたわけでもない。定年まで15年以上を残し、役所から姿を消した。

 今年8月―。高知市知寄町1丁目の「ルノー高知」のショールームで、西森さんは新車の購入客に深々と頭を下げていた。「どうぞ、お気を付けて! 何かございましたらメールでも携帯でも、いつでもご連絡ください!」

 市の有望株は、外車ディーラーの店長に転身していた。

 客との商談、各種手続きにアフターケアまで。「まだ1年。日々の業務を回すだけで手いっぱいで」と苦笑する。

 店を運営する「高知県外国車販売」は西森さんの父、工(たくみ)さん(78)が社長を務める。ただ、転職は後継ぎとして望まれたからではなく、父の猛反対を押し切った上の決断だったという。

 市役所時代、政策部門に長く在籍した。地方創生や人口減対策に向き合ううち、自己矛盾を感じるようになっていた。

 「民間事業所が継続や承継に悩む中、市全体の活性化を考える立場だった。でもその足元で、おやじの会社がどうなるかも分からなくなっていた」

 社員の体調不良で土日に仕事を手伝ったことも背中を押した。「人生の折り返し地点を過ぎた。これからはおやじと二人三脚をしよう」と決心した。

 親の敷いたレールに乗るような話ではない。人口減で商圏が縮む地方の外車販売は先行きが厳しい。新型コロナも追い打ちを掛けている。

 「車の営業は浮草稼業。甘くない。安定を捨ててリスクを取るなんてばかですわ」という工さんに、「まぁ、ばかかもしれんけど…」と話す西森さん。こう続けた。

 「でも、やらずに後悔するより、やって後悔もしたくない。全力を尽くしたい」

 車は人生を豊かにする―。そんな信念を胸に新たな職場に立つ。ただ、客からは今なお「営業っぽくない」と言われるらしい。

 「僕は無理に背中を押したくない。お客さんと悩み、求められたことを一つ一つクリアして納得の上で買ってもらう。小手先やなしに『素の西森』で向き合っていきたい」

未知の世界に魅力 培った力生かす
老舗文具店へ 内田香織さん(59)
買い物客に手帳を紹介する内田香織さん(高知市本町1丁目)
買い物客に手帳を紹介する内田香織さん(高知市本町1丁目)
 〈書いた文字がすぐ乾く〉〈コンパクトで持ち運びに便利〉

 高知市本町1丁目の「内田文昌堂」は、売れ筋の文房具をフェイスブックで毎日紹介している。記事を書いているのは内田香織さん(59)=同市本町3丁目。販売歴約30年の腕利きは、もともと市職員だった。

 母親の勧めで1983年に市役所へ。税務管理課に配属され、市政初の女性徴収員となった。税の滞納者を訪ね歩き、「若造が!」と棒を持った相手に追い掛けられたことも。それでもひるまず、場合によっては県外の転居先まで追い掛けた。

 「納税者と滞納者の不公平を無くしたかった。使命感を持って職務に励みました」

 同課で6年半勤め、秘書広報課へ配属。今度は市広報紙「あかるいまち」に掲載する記事の取材に走り回った。

 「将来は女性初の部長や」。周囲からそんな声も出ていた93年、結婚を機に退職。夫の孝さん(62)の家業を手伝う道を選んだ。

 引き留める先輩や同僚もいたが、「自分で商材を提案し、販売して数字で結果を残すという、公務員では味わえない未知の世界に魅力を感じたんです」。

 以来27年。店内販売に加え、営業も担当してきた。新型コロナが広がった今春、古巣の市役所から「感染防止対策のアクリル板が手に入らない」と相談を受けた。アクリル板と同じ効果で、廉価なセロハンを貼るポップスタンドを提案して販売につなげた。「いい商品をできるだけ安く提供する。民間の知恵の絞りどころです」

 文具業界も近年は通販に押され気味。創業160年を迎える高知の老舗店も、陳列を絶えず見直したり、万年筆のメンテナンスや購入文具へのネーム入れのサービスをしたりと、実店舗ならではの取り組みが続く。

 市役所にいたら来春で定年だった。「営業に必要な機動力や、相手に分かりやすく伝える技術は市役所で培われたと思っています」

好きな仕事。未練ない 自分次第で何者にも
リフォーム業で独立 宮崎晃さん(48)
店舗の改装工事に従事する宮崎晃さん(高知市追手筋1丁目)
店舗の改装工事に従事する宮崎晃さん(高知市追手筋1丁目)
 高知市追手筋の繁華街。ビルの一つで、居酒屋の個室を写真スタジオにする改装工事が進んでいた。古くて茶色い壁が真っ白に変わる。黙々と作業するリフォーム業の宮崎晃さん(48)=同市石立町=は昨年まで市役所に勤めていた。

 職員時代、一番肌に合ったのは環境保全課だった。「幼少から親しんだ鏡川の環境を守りたい」と熱心に励んだ。だが、組織には人事異動が付き物。多様な部署を渡り歩くようになった。

 同課を離れた後、市民有志と「市民が選ぶ鏡川写真コンテスト」を創設。「環境保全課へ戻してほしい。人の3倍は仕事するから」と訴えたが、要望は聞き入れられず。宮崎さんの心は役所から離れた。

 「組織に属していたら好きな仕事ができない」。悩み抜き、役所を飛び出した。第2種電気工事士の資格を取って、長年のDIY経験を生かしてリフォーム業を始めた。

 「もともと手先が器用で、20年前から自宅を改修したり倉庫を造ったり。これで食いつなげるかなぁと」

 「リフォームエコロ」の屋号で、肩書は代表。といっても、スタッフは自分のみ。店舗もなく、営業経費はゼロ。その分、工事代を安くできるのが売りだ。幸い新型コロナの影響はほとんどなく、既に大小20件の工事を手掛けたという。

 「職員時代は市民に『税金ドロボー』とののしられることもあったけど、今は感謝されて飯も食える。古い物を新しく生まれ変わらせる感動もある。幸せです。人は自分次第で何者にでもなれると思います」

 役所に未練はない。情熱を注いだ鏡川の環境保全活動はボランティアで携わっていくつもりだ。(芝野祐輔、乙井康弘)

カテゴリー: 社会

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