2020.07.25 08:00

【患者嘱託殺人】「生きる権利」守る社会に

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者の依頼を受け、薬物を投与して殺害したとする嘱託殺人の疑いで医師2人が逮捕された。
 2人は患者の主治医ではなく、会員制交流サイト(SNS)を介して依頼を受けた。現金も受け取っていたとされるなど、医師による他の「安楽死」事件と比べても特異さは際立っている。
 難病に苦しむ患者の自己決定とはいえ、こうした経緯でそれがかなえられることには疑問を拭えない。
 患者は体を動かせず声も出せなくなり、パソコンへの視線入力で意思を表示。SNSで「安楽死させてほしい」と依頼した。昨年11月末に医師2人が患者宅を訪れ、薬物を投与。医師のうち1人の口座に患者から100万円以上が振り込まれていたとされる。
 日本では薬物投与で患者を積極的に死に導く安楽死は、法律で認められていない。
 半面、過去の判例では、安楽死が認められる要件として(1)耐え難い肉体的苦痛がある(2)死期が迫っている(3)苦痛緩和の方法を尽くし、他に手段がない(4)本人の意思表示がある―の4項目を示したものがある。
 これらは当てはまるのか。患者には死を望むより他に道はなかったのか。生きる希望を見いだせるように支える手だてはなかったか。慎重に検証しなければならない。
 厚生労働省は終末期医療のガイドラインで、患者に対する医療行為を差し控えたり中止したりすることを認めている。「尊厳死」と呼ばれるが、それも総合的な医療・ケアを尽くし、他職種のチームの判断も聞くことなどが条件だ。
 今回のケースでは患者と医療関係者、家族らが話し合いを重ねた経緯はあったのか。それがなく、患者の置かれた状況をよく知らない医師が本人の意思だけで死に導いたのだとしたら、短絡的と言われても仕方ないのではないか。
 ALSは進行性の難病で、寝たきりになり食事や呼吸も自力ではできなくなる。一方で感覚や思考は従来のままだ。動かない体に閉じ込められたような苦しさはいかばかりか、察するに余りある。
 欧米では安楽死を合法化する動きがあるが、日本では慎重論も根強い。そうした考え方が難病患者や重度障害者に「生きたい」と言いにくくさせはしないか、という懸念があるからだ。
 ALSの当事者である舩後靖彦参院議員(れいわ新選組)は、「『死ぬ権利』よりも『生きる権利』を守る社会にしていくことが大切」と述べている。舩後さん自身も「死にたい」と思っていた。しかし患者同士の支え合いなどを通じ、自分の経験が他の患者の役に立つと知って生きることを決心したという。
 「死にたい」という絶望を、どうすれば「生きたい」という希望に変えることができるのか。医療や介護、福祉などさまざまな面から考えることが社会の責任である。

カテゴリー: 社説

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