2020.06.11 08:38

ただ今修業中 新宮神社禰宜 森国寛子さん(32)南国市

氏子らの安寧を願い、祈りを捧げる森国寛子さん(南国市十市)
氏子らの安寧を願い、祈りを捧げる森国寛子さん(南国市十市)
地域と神のつなぎ手に
 高知県南国市十市の総鎮守、新宮神社の社殿で背筋をピンと伸ばし、祭神に向き合う。禰宜(ねぎ)を務め6年になる。よく通る声で祝詞をあげ、玉串をささげて一礼。「十市の繁栄、氏子や住民の平穏を祈りました」。振り返って、穏やかな笑顔を見せた。

 石土池の東の森にたたずむ新宮神社はかつて、熊野新宮三所権現(さんじょごんげん)と呼ばれた古刹(こさつ)。一家は祖父の代から、神職を務めている。

 会社員だった父の英夫さん(78)の仕事の関係で、東京生まれの東京育ち。ただ、父は毎年、夏の神祭やお正月に帰高しては宮司を務めており、幼いころから神事は身近な存在だった。

 やがて「親が頑張って管理している。いずれ継ぎたい」と思うように。父には「好きな道に進んで」と言われたが、進んだ国学院大学で神職の資格を取った。

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 とはいえ、「他の経験もしてみたかった」。大学卒業後は、学生時にアルバイトをしていた洋服店の会社に就職した。

 販売と企画を担当し、小物やTシャツのデザインを手掛けた。充実した時間を過ごしていたが、先に高知で暮らし始めていた両親が年を重ね、管理する神社の人手が足りなくなったこともあり、2014年に思い切って退職。高知へ来た。

 当初は「お年寄りが話す、土佐弁のなまりが強すぎて…」。話が聞きとれずに戸惑うこともあった。友だちもおらず、土地勘もない場所。不安はあったが、お祭りや門松作り、どんど焼きや節分など、氏子や住民との交流の度に、「温かく迎えてもらっている」と感じられた。

 神と人の仲を取り持つ仕事の重さを痛感したのは、翌年秋の大祭のこと。みこしと一緒に地区を練り歩く「おなばれ」に参加した。寒風の中、家々の前に、おはらいを待つ人たちが立っていた。「みんなの願いや感謝を、しっかり神様に伝えなければ」。あらためて身が引き締まったという。

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 2年前から、近隣にある神社周辺の家々を訪ね歩いている。高齢化などで管理者が不在となっている神社もあり、その管理維持に、神社の合併を進めている。ただ、「誰が氏子なのかも分からない。たどり着いても、合併を嫌がる人もいる」。

 事情を丁寧に説明し、同意をもらって氏子の組織を立て直す。地道かつ膨大な作業で「これが一番大変」と苦笑いしながらも、「地域の人々の信仰を守りたい」。これまでに八つの神社の活動を再開させた。現在、近隣の神社六つで宮司、四つで禰宜を兼務している。

 毎日、境内の掃除や朝拝、夕拝、安全祈願など、やることがたくさんある。最近では高齢の父に代わり、1人で神事を行うことも多くなった。

 「正直、不安です。まだ一人前になっていないのに」

 それでも、厄や病気のおはらいに来た人に後日、「すっきりした」と礼を言われると、「自分ではなく神様のおかげですが、やっぱり、うれしいです」とにっこり。

好きな言葉
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 大事にしているのは、「神様に恥ずかしくない、清らかで正しい心を育む」こと。人々の幸せを願い、今日もまた祈る。

 写真・土居賢一
  文・川嶋幹鷹

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