2020.05.22 08:35

高知競馬が無観客でも売上1.6倍 関係者「複雑」「早く元に」

無人のスタンドの前を走る競走馬。場内にはひづめの音と実況だけが響く (写真はいずれも高知市長浜宮田の高知競馬場=森本敦士撮影)
無人のスタンドの前を走る競走馬。場内にはひづめの音と実況だけが響く (写真はいずれも高知市長浜宮田の高知競馬場=森本敦士撮影)
コロナ下「快走」
 新型コロナウイルスの収束が見通せない中、高知競馬が無観客での開催を続けている。感染予防の巣ごもり生活と馬券のネット販売の相性がいいようで、売り上げは前年の1.6倍に急増。予期せぬ“快走”に、関係者は「観客がいてこその高知競馬」「一日も早く元通りに」と複雑な思いを抱いている。

 ガシャッ。ゲートが勢いよく開き、馬が一斉に飛び出していく。ザッ、ザッとひづめが砂を蹴る。コース上に広がるいつも通りの光景。しかしスタンドにはぽつんと立つ警備員以外、誰もいない。聞き手のいない実況のアナウンスが、場内に流れる。

 約1分後、コースを1周した馬が、スタンド前の直線に戻ってきた。ピシッピシッ。むちの音がはっきりと聞こえ、勢いを増した馬がドッ、ドッ、ドッと駆け抜けていく。そして、辺りは再び静寂に包まれる。

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新型コロナに負けず。いつも通りのレースが続く
新型コロナに負けず。いつも通りのレースが続く
 高知競馬で無観客開催が始まったのは3月1日。中央競馬(JRA)や他の地方競馬と歩調を合わせた判断だった。高知競馬最大のレースで中央と地方の強豪馬が争う「黒船賞」(3月10日)も、今年は観客を入れずに行われた。

 その日の売り上げは、1日としては過去最高の10億8900万円。3月の1日平均の売り上げは前年より22・8%多かった。3月に開催があった全国12の地方競馬のうち6カ所が売り上げを減らす中、高知競馬は1番の伸びを記録した。

 新型コロナで緊急事態宣言が出された4月以降は、売り上げがさらに伸びた。

 4月13日~5月17日の開催12日間は計79億9100万円。過去最高の564億1200万円を売った2019年度の同時期と比べ、66・0%も増加した。高知県競馬組合は「新型コロナの影響で経済的に厳しい人が増えているのに、過去最高を更新するとは」と戸惑いを隠せない。

 組合は要因の一つとして、全国的に外出やイベント自粛が要請されたことを挙げる。他の娯楽がなくなり、家で競馬をする人が増えた、という見立てだ。また、普段から購入者が圧倒的に多いJRAも無観客で、JRAの馬券を買うために新しくネット会員になる人が増え、高知競馬も購入しているとみている。

 もう一つは、高知競馬のインターネット販売の割合の高さ。ナイターが定着した近年、売り上げの9割以上がネット販売で、2019年度は94%を占めた。これは全国の地方競馬で最も高い数字。高知競馬場にも平時は千人以上が来場するが、無観客の影響は限定的で、逆に「巣ごもり需要」の恩恵を大きく受けたとみられる。

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 「一人でも感染者が出たら、競馬ができなくなるかもしれない」

 そう懸念する高知競馬のトップジョッキー、赤岡修次騎手(43)はかれこれ2カ月間、外食を控え、競馬場以外には出掛けないようにしているという。

 騎手なしでは競馬は成り立たない。騎手は公正確保の観点から、レース前日は全員が競馬場内の調整ルームに宿泊しており、感染者1人が出れば全員が濃厚接触者になる可能性がある。組合はリスク回避のため、競馬場内に住む騎手は携帯電話を預かった上で自宅に滞在させるなど、分散を図っている。

 赤岡騎手は「世間では仕事をできない人もいる。競馬ができて『申し訳ない』という気持ちもあるが、できることをやっていきたい」。新型コロナ対策を支援しようと、騎手会として4月11日から騎乗手当の一部の積み立てを始めた。

 高知県競馬組合も5月9~31日の間、メインレースの売り上げの1%を県に寄付する。組合の東谷興正事務局長(58)は「こんな状況でも競馬ができている。少しでも高知に貢献できれば」と強調する。

 20年近く前、経営危機にひんした高知競馬は、県市の支援で存続が決まった。東谷事務局長は「苦しかった時に残してもらったのは、雇用維持の側面があった。今回もできるだけ雇用を守りたい」と話す。

 普段、馬券販売に携わる従事者は、別の部署に回したり、職員向けのマスク作りをしたりすることで雇用を維持。また競馬場での販売ができなくなった競馬新聞の事業者には、ウェブサイトで予想を公開してもらい、開催日ごとに60万円を支払っている。

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スタンド内の通路は電気が消え、販売窓口も閉ざされたままだ
スタンド内の通路は電気が消え、販売窓口も閉ざされたままだ
 5月4日、高知市出身の往年の名騎手、福永洋一さん(71)をたたえるレースが行われた。例年は洋一さんや長男でJRA騎手の祐一さん(43)らが来場し、2人が参加する表彰式はにぎやかな空気に包まれる。今年、そのレースを制した打越勇児調教師(47)は、無人の中で行われた表彰式を「例年とは全く違う。そりゃ寂しいですよ」と振り返った。

 長年、実況アナウンサーとして高知競馬を見つめてきた橋口浩二さん(53)が言う。

 「雨の日も風の日も、経営が苦しい時も高知競馬を見続けてくれた常連さんを追い出しているようで心苦しい。お客さんも含めてみんなが、高知競馬の良い雰囲気をつくり出している。早く元の日常に戻ってほしい」(大山泰志)

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