2016.07.21 08:10

奇跡の笑顔 お便り特集(下) 頑張る人にサポートを

高知県立療育福祉センターでリハビリ訓練を受ける山下皓義君(2015年8月、母撮影)
高知県立療育福祉センターでリハビリ訓練を受ける山下皓義君(2015年8月、母撮影)
■受け止めて!知事さん■
高知市 高知スマイルサポート代表 山下君江(48)
 2014年、高知新聞で連載された「眠れぬ母たち」の1人として紹介された山下皓義(こうき)(現在若草養護学校本校中学部2年)の母です。

 続編となる音十愛ちゃんの連載が始まった時、皓義は胃ろう造設の手術を終え入院中。私は病室で記事を読ませてもらいました。

 母親の山崎理恵さんとは友人として交流はあったものの、回を追うごとに、あらためていろんな思いが込み上げてきました。障害児家庭の抱える悩みは、夫婦間の気持ちのズレなども含めて同じようなものがあるんだと、毎日のように夫婦で語り合ったことです。

 私自身は、障害のある子どもを育てているママたちのおしゃべり会「高知スマイルサポート」を5年前から月に1回、開いています。そこで私自身、さまざまな出会いや別れを経験し、参加者はみんな自分の思いのすべてをかけて子育てをしている―ということを実感します。

 障害の理由はいろいろですが、最大の気掛かりは目の前のわが子の寿命です。「この子はいつまで元気でいられるんだろう」。そんな不安に押しつぶされそうになりながらも、みんな精いっぱいの笑顔をわが子に注いでいます。ここにいてくれるだけで幸せであり、かけがえのない存在。そうした思いのもとに集まっています。

 そんな中、私たちは先日、仲間のママを永遠に失うという悲しい出来事を経験しました。皆が自分を責めてしまったり、心が折れかけた時期もありました。それでも、彼女は今でも私たちの心の中で生き続け、私たちを支えてくれる仲間なのです。そして、もう二度と同じような悲劇が起こってほしくないと願います。

 病気や障害があっても命ある限り、希望を持って生きられる世の中になってほしいと願うと同時に、その先には母も子もいずれ別々の人生を歩む―という意識が必要であり、母親への心のケア、子どもへは年齢や発達に寄り添った「自立」へのサポートがより一層必要だと感じています。

 連載の最終回に載った理恵さんの「(実家の高松に帰らず)高知で生きていく」という言葉に私は涙があふれました。重度障害児向けのサポート体制がまだまだ不十分な高知。それでも高知を選ぶと言ってくださった決意を、県としてもしっかり受け止めてほしいのです。障害児家庭を、県として力強くサポートしていただきたいと…。

 そして知事には、障害児たちの頼れる「高知家のお父さん」にどうかなっていただきたいのです。誰もが「高知に生まれてきて良かった」と言える県に。理恵さんの宣言に、私ももっと積極的になりたいと気持ちを引き締めさせられました。

■悶々とする母は多い■
高知市 なっちゃん(ペンネーム)
 亡くなった娘も重症心身障害でした。山崎さん親子の熱意と努力と、表に立つ勇気に頭が下がりました。

 連載第2部終了後の「方丈の記」で高知県立大の教授が「権利は待っていても降ってこない。自分たちで作り制度化しないといけない」と、積極的に行動を起こすことの大切さを語っていますが、まさにその通りです。

 ただ、こうした行動は、日々の介護に追われてヘトヘトの親子だけではなかなか進みません。役所に出向き何度か訴えるうちにあきらめるのが大半。そんな中で、音十愛ちゃんが着実に成長・発達した事実は、支援者側にも大きな成功例として受け止められ、やりがいを見いだせたのではないでしょうか。

 一方で、なかなか確かな成長が見えにくく、内在的に成長していても、外に表現ができない障害児者を抱えている家族もたくさんいます。そうしたお母さんたちは、どこかで声を大にして言うのがおこがましいのではないかとためらい、悶々(もんもん)としています。

 障害があっても、名前を呼ばれ「ハイ」と返事のひと言でも返せると、施設や病院でも職員の方々にたくさん関わってもらえます。コミュニケーションを取りづらい人は、静かな見守りの中で生きています。親はほんの少しの表情や泣き声などの変化をキャッチしながら介護に追われているのですが。

 時々、「うちの子は知的に問題がない。肢体不自由児だけに利用できる福祉制度が何もない」と不満を言われる方がおられますが、そういう言葉を聞く度に、重度障害児者の母は傷つきます。一人一人の価値ある生き方の達成を支援するため、介護する家族にまずは心からの支援と協力を切に願うばかりです。

■同情の涙より励ましを■
岡山市 映像作家 山本守(61)
 今の時代、遠く離れて暮らしていてもインターネットで、こんな素晴らしい記事を読むことができることにまずは感謝します。21歳で高知を離れて、もうすぐ40年になりますが、愛すべき故郷でこんな壮絶な命のドラマが繰り広げられていて、それが誇張なく淡々とつづられていることに感動しました。第1話のつかみでドキッとし、毎回恐る恐る読み進めました。

 気の毒だとか、かわいそうだとか、最初は誰もがそう思います。でも思うだけでは何も改善しないという絶望的な状況がそこにありました。盲学校入学のために腹をくくって高知市の「ひろめ市場」で街頭演説に立った山崎理恵さん。広がる支援の輪。

 離婚に至った第19話では、東北の女性が山崎さんのFacebookに「みんなが一本一本の糸になって理恵さんを支えよう!」と投稿。この呼び掛けを読んだ時、私は現代社会に差し込む光明を感じました。

 「100万の同情の涙より、たった一言の励ましの声や行動が大切なんだ」と気付かせてくれた言葉でした。考えてみればその行為の連続こそが「やさしい社会そのもの」なんですよね。シングルマザーになった理恵さんを高知にとどまらせた温かい絆、その一本一本の糸となった人々に対する敬意が、私の心の中にあふれています。

 山崎さん。音十愛ちゃんへの無償の愛を貫いてください。いつの日かすべてのご苦労が、笑い話になる未来が必ずやって来ると信じています。その未来を引っ張ってくる太いひも、私もそのひもを構成する1本の細い糸になれればと思いました。


■言語聴覚士に望外の脚光■
高知リハビリテーション学院言語療法学科長 石川裕治(55)
 今回の連載で山崎さん親子の頑張りが感動を呼んでいるようですが、私たちとしても、従来ほとんど世に知られることのなかった言語聴覚士という仕事が音十愛ちゃんの成長の一助となり、仕事の一端を具体的に紹介してもらったことに大きな喜びを覚えています。

 言語聴覚士は、国家資格になってまだ19年と歴史が浅く、理学療法士や作業療法士と比べて認知度は低いため、マスコミに載ることもめったにありません。それが、「親子が笑顔になってもらえるやりがいのある仕事」と理解していただけたのです。頑張ってきたかいがありました。

 言語聴覚士は、言葉、声や発音、きこえ、そして飲み込みなどの問題で苦しんでいる方々に対し、より良い生活が送れるよう援助します。言語聴覚士を養成する学校は県内で本校のみ。連載に出てきた3施設には、合計15人の言語聴覚士がおり、そのうち高知リハビリテーション学院の出身者が12人。高知県内では280人が働き、その約9割を占めます。

 連載が載ったのは、高知リハビリテーション学院を受ける高校生対象のオープンキャンパス開催直前。何というタイミングでしょう。非常に分かりやすい説明素材として早速活用させてもらいました。参加者も興味深く聞き入り、言語聴覚士になって人の役に立ちたいという気持ちが高まったものと思います。

 コミュニケーション機能や摂食・嚥下(えんげ)機能の発達・回復訓練については、まだまだ高知県内も知られていませんが、音十愛ちゃんのように早期に訓練を開始することがとても重要です。

 言語療法学科は2016年、開設20年の節目を迎えました。連載の中で活躍した重症心身障害児者施設「土佐希望の家」の言語聴覚士のように、しっかりとした対応ができる人材の養成にさらに努め、高知の福祉のために役立ちたいとあらためて意を強くしています。

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