2020.05.03 08:00

【憲法記念日】非常を口実にしてないか

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちの日常生活から一体どれだけ自由や権利が失われてしまったことだろう。
 今年のメーデーは新型コロナ特別措置法に基づく緊急事態宣言が続く中、高知県を含め全国で労働組合などの集会やデモが縮小、中止された。大型連休期間中も旅行や外出は自粛が求められ、スナックやバー、娯楽施設なども休業が要請されている。
 いずれも集会や移動、営業の自由に関わる。学校の休校が続いている状況では、子どもたちの学ぶ権利も損なわれている。
 感染リスクを考えれば、自粛を含めて一定の制約はやむを得ないことには違いない。それでも民主主義の社会では本来、憲法で保障された私権の制限には極めて慎重であるべきだ。
 そのことの重みを十分に踏まえた動きなのだろうか。新型コロナをきっかけに、自民党は憲法改正によって緊急事態条項を創設する機運を高めようとしている。
 自民党改憲案の緊急事態条項では、大規模災害時に内閣が法律と同じ効力を持つ政令を制定できる。国会の事後承認が必要とはいえ、内閣に立法機能が与えられる。政府の権限を大幅に強化する内容で、三権分立を壊しかねない恐れがある点は本欄でも繰り返し指摘してきた。
 感染拡大の防止という公益のために、個人の権利を制限する強い力を政府に担保させたい--。自民党が同条項を前面に打ち出すのには、そんな思惑があるのだろう。
 確かに海外では罰則付きの外出禁止など、強力な措置が講じられるケースがある。先の見えない状況では、強い権力に従いたい気持ちが国民の間に生まれる側面もあるかもしれない。共同通信の4月末の世論調査でも、緊急事態条項を新設する改憲案に賛成が51%、反対47%と賛否が割れた。
 一方で、その危うさを示す歴史も忘れることはできない。
 戦前から戦中にかけて「非常時」の名の下に国家総動員体制などが敷かれ、国民の権利や自由が奪われた。敗戦後、新憲法に緊急事態条項が設けられなかったのはその反省からである。当時の金森徳次郎国務相が国会審議で述べている。
 「非常を口実にした政府の自由判断の余地を大きく残しておくと、どんなに精緻な憲法でも破壊される恐れがある」
 今また新型コロナ感染拡大という「非常」や「危機」が口実とされていないか。国民の不安に便乗し、改憲への流れをつくろうとするやり方はやはり認められない。
 人権規定を停止させることもできる緊急事態条項は、国の統治システムを根本から揺さぶる。感染症対策もそうした「劇薬」に頼るのではなく、新型コロナ特措法などの法律によって対処するのが筋である。
 政府の裁量によって私たちの自由や権利が、必要以上に制限されることは決してあってはならない。

カテゴリー: 社説

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