2020.02.12 08:42

アンパンマンのパン屋に後継 かつての常連が味を未来へ

「お客さんの『おいしい』が一番よ」と話す師匠の茂野光正さん(前列右から2人目)と弟子の竹村典将さん(同3人目)ら=南国市のペロリ
「お客さんの『おいしい』が一番よ」と話す師匠の茂野光正さん(前列右から2人目)と弟子の竹村典将さん(同3人目)ら=南国市のペロリ
やなせたかしさんの事務所“公認”
南国市「ペロリ」

 「アンパンマンのパン屋さん」として親しまれる高知県南国市大埇乙の「ペロリ」が、2019年末に代替わりした。中学時代から常連だった竹村典将さん(37)=片山=が経営を継ぎ、先代の茂野光正さん(66)=大埇甲=も移動販売で愛(まな)弟子をサポート。コンビニの台頭で姿を消すパン屋も多い中、師弟の絆が創業28年の味を未来へつないでいる。
 
子どもたちに人気のアンパンマンパン
子どもたちに人気のアンパンマンパン
 茂野さんは1989年、「お客さんの顔が見える仕事を」と建設会社から脱サラ。製粉会社や高知市内のパン屋で修業した後、1992年に故郷の南国市にペロリを出店した。名物のシュークリームをはじめ100種以上ある商品は、どれも飾り気のない素朴な味わい。市内はもちろん、遠く県外からも客が来る。
 
 「お客さんの無理を可能に」がモットー。看板のアンパンマンパンは、配送先の保育園児から頼まれ、やなせたかしさんの事務所に“公認”をもらい作った。茂野さんは「『おいしい』の笑顔が何よりよね」と笑う。
 
 未明から夕方まで、立ちっぱなしの仕事。60歳すぎから膝の痛みが悪化し、「引退」の2文字もよぎり始めたという。6年前「後をやらんか」と声を掛けたのが、店で修業していた竹村さんだ。
 
 茂野さんが外部コーチを務めた香長中バスケットボール部の教え子。竹村さんは通学途中にあった店で勉強も教わり、高知東工業高校に進学後は店でアルバイトもした。
 
 大学卒業後は県内の自動車修理工場で働いていたが、師匠同様「お客さんの喜ぶ顔が見たい」と、26歳からパン職人の道へ。「青春時代に染み付いたものがあったんでしょうねえ」と振り返る。
 
 「先代のようにお客の注文に100パーセントで応える仕事をしたい」と竹村さん。人気のパンを守りつつ、新作の開発にも取り組んでいる。茂野さんは「地域に愛されるパン屋ののれんを守りながら、焦らず自分の色も出してほしい」と見守っている。
 
 ペロリの営業は午前7時~午後6時(日曜祝日定休)。(横田宰成)

カテゴリー: 社会香長


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