2020.01.14 08:39

100年前の写真に心当たりの人は情報提供を 「現代書道の父」比田井天来が高知へ

桂浜で川谷横雲らと記念撮影
川谷横雲=左の石の上に座っている男性=ら高知の書道関係者と記念撮影する比田井天来=中央の口ひげを生やした男性(1918年4月3日、高知市桂浜=比田井和子提供)

 “現代書道の父”と呼ばれる比田井天来は、中国の古典を基礎に学んだ結果、「俯仰法」という新たな用筆法を発見。従来の書法に革命をもたらした。天来が1918(大正7)年3月に川谷横雲の求めに応じて来高したのも、新しい書法の知識を広めようという思いが感じられる。また天来が高知滞在中に川谷横雲ら高知の書家と思われる人々と撮影した貴重な写真も残っている。
 
 来高中の3月24日に天来が講師となって県公会堂で開かれた書道講演会の主催は、高知新聞と土陽新聞。両社が掲載した社告には、「書道啓発のため、目下当市滞在中の天来比田井鴻氏に請い、通俗講演会を開催することとせり。比田井氏は長野県出身にして、つとに日下部鳴鶴翁に学び、当代比儔(ひちゅう)を見ざる技量と見識を有し、現に東京高等師範学校国漢文科書道講師たり」とある。
 
 そして講演会の様子を掲載した高知新聞には「土陽新聞社と我が社主催の書家、比田井天来氏の書道講演会は24日午後2時から県公会堂で開催。来聴者は百余名で、会場内には観覧用に同氏揮毫による各書体を展示した。川谷横雲氏は開会の辞とともに、比田井氏の経歴と同氏が現在および将来において有数の書家であることを紹介した。比田井氏は来県の目的から説明し、中国古代、唐、漢時代における書体の変遷、習字法その他、諸般の書道に関して1時間あまりの演説をし、多大の感動を与えた」とある。
 
 また土陽新聞では「比田井氏の揮毫による各書体の書は、いずれも同氏の崇高な人格を表現しているものであり、聴講者に特別の感動を与えた。ちなみに同氏は4月10日ごろまで高知市金子橋(升形)の称名寺に滞在して一般希望者の求めに応じる」とある。さらに4月10日の同紙には「称名寺滞在中の天来氏は、昼間は一般の人の求めに応じて揮毫し、夜間は書家と懇談している。また書道の会を開く。そして13日頃陸路で上京」とあった。
 
 このように半月以上も高知に滞在していた天来を撮影した写真がある。天来の孫の比田井和子が提供してくれた桂浜での記念写真。
 
 天来を中心に横雲ら書道関係者と思われる男性と、女性が写っている。男性はおしゃれを気取った帽子をかぶった人が多いが、大きなヒョウタン徳利(とっくり)を口元に付けている男性は宴会の場を盛り上げる太鼓もちのようだし、横雲の帽子にはひょっとこのお面がくっついていることから、料亭の女性を連れて浜で宴会をした後で撮影したのではないだろうか。日付は4月3日。
 
 写真には、被写体となった人々の名前が書き記されているが、100年あまり前のものであることから天来と横雲以外はよく分からない。写真に写っている人に心当たりがある人がいれば情報提供をお願いしたい。(池添正)

▶情報提供先 高知新聞学芸部
住所:〒780-8572 高知市本町3-2-15
メール:gakugei@kochinews.co.jp

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カテゴリー: 文化・芸能高知中央

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