2019.12.21 08:00

小社会 南海地震73年

 日本の歴史上の地震には、発生が集中した時代がある。その一つが慶長年間(1596~1615年)だ。

 元年に京都や大阪などが甚大な被害に遭った「伏見地震」があり、豊臣秀吉が新築した伏見城が倒壊している。いまでいう南海トラフ地震の「慶長地震」が起きたのは1605年だ。被害の全体像ははっきりしないが時代が時代。悲劇的だったに違いない。

 世は関ケ原の合戦を経て徳川の時代に移るまさに世紀の変わり目だった。天災も時代をリセットさせるかのように激しかったからだろう。この後、社会に防災の意識が芽生える。

 一説では「津波」の文字が現れるのも慶長年間から。当時の政治情勢を記した「駿府記」が、人や家が流された現象を「世に津波と曰(い)う」と記した。歴史学者の倉地克直さんは著書で、「津」は「湊(みなと)」を指しており、津波は「人的被害を意識した言葉」だったとする。

 「世に曰う」からは民間の言葉だったことも分かる。普通の高波とは異質の恐ろしさを伝えるには「固有の言葉が必要」になったと倉地さん。その後も人々は繰り返し地震に苦しめられながらも、どんな津波がどこまで来たかなど記録を碑や伝承で後世に残してきた。

 慶長から400年余り。日本は発展し、地震研究も進んだ。恵まれた時代だ。祖先の教訓を生かして次の襲来に備え、さらに次の世代にも伝えていかなければならない。昭和南海地震からきょうで73年。


12月21日のこよみ。
旧暦の11月25日に当たります。みずのえ たつ 二黒 大安。
日の出は7時06分、日の入りは17時02分。
月の出は1時32分、月の入りは13時33分、月齢は24.5です。
潮は長潮で、満潮は高知港標準で1時30分、潮位129センチと、13時54分、潮位154センチです。
干潮は7時24分、潮位62センチと、20時40分、潮位47センチです。

12月22日のこよみ。
旧暦の11月26日に当たります。みずのと み 三碧 赤口。
日の出は7時06分、日の入りは17時02分。
月の出は2時38分、月の入りは14時08分、月齢は25.5です。
潮は若潮で、満潮は高知港標準で2時58分、潮位137センチと、14時46分、潮位159センチです。
干潮は8時37分、潮位69センチと、21時34分、潮位28センチです。

カテゴリー: 小社会コラム


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