2019.10.31 08:44

[ふれあい高新in三原村]村の信号機は1カ所だけ

村唯一の信号機が子どもたちを見守っている(三原村柚ノ木)
村唯一の信号機が子どもたちを見守っている(三原村柚ノ木)
教育用? 通学見守る
 高知県幡多郡三原村で信号機のある場所は、たった1カ所しかない。小中学生らが通る中心部の十字路に据えられている。交通量は多くなく、一日のほとんどは赤と黄色の点滅状態で、村民の間には「子どもたちが信号を知るために付けられた“教育用の信号”らしい」とのうわさも。本当だろうか―。
 
 午前8時前。ヘルメットをかぶった中学生やスクールバスが赤信号で止まる。すぐ近くの学校へ小学生が歩道を歩いていく。信号は通勤、通学時間の午前7~9時と午後3~6時だけ赤と青色に切り替わり、安全な横断などを手助けする。
 
 十字路の角が実家の福本睦水さん(52)は宿毛高校時代、信号機が同級生との話題に上ったのを覚えている。
 
 村外の友達に自宅の場所を聞かれ「信号のところ」と説明すると、「どの?」と返されて困惑。「笑いましたよ。『1個しかないから!』って」
 
 一緒にパーマ店を営む母の浅井和恵さん(82)は「確かに教育のためなんて聞いたこともある。昔ようけ事故があったけん、そのせいやないろうか」
 
 近くの東(ひがし)勝美さん(86)は「つらい目におうた」と次男の事故を振り返る。
 
 信号がなかった1972年、自転車で遊びに出掛けた小学2年の息子が木材を運ぶ三輪トラックにはねられ足に大けがを負った。
 
 「しばらくは救急車の音がすると、胃がぎゅっとぞうきんをしぼるみたいになってねえ。ほかにも事故は多かったのよ」
 
 宿毛署によると、信号の設置は1980年12月。その数カ月前、当時の故中平嘉彦村長が宿毛署を訪ね、依頼したのが始まりだという。
 
 「信号を付けてもらえんろうか」「子どもが危ない。事故に遭う前に信号機に慣れさせたい」
 
 頼んだ相手は交通課長の小松民生さん(72)=高知市。小松さんも三原村出身だった。
 
 当時はまだバイパス道路がなく、交差点は唯一の幹線道路。交通量が増え、自転車で通う小中学生も多かった。村長は「村で予算を組んでもかまん」と話したが、小松さんが伝えた金額が予想より高く、「それほどかかるかあ」と悔しそうな表情をしたという。
 
 小松さんはすぐに県警本部の信号機担当者に相談。自ら交差点に立ち、通学時間の交通量を調べて信号設置の必要性を本部に上申した。村長には県警幹部に直談判に行くよう勧めた。
 
 依頼の結果、めでたく設置の運びに。ただ、年度途中の急な依頼だったせいか、取り付けられたのは中古品。県内のどこかに設置され、何らかの理由で取り外された信号機を、やりくりして充ててもらった。
 
 すぐ近くで商店を営む大塚菊治さん(93)も村議会議員時代に設置を求めた一人。「信号ができた時は、うれしゅう思ったねえ。事故が起きないよういつも願いよったけん」
 
 「事故防止」と「子どもの教育」を目指した信号機が今日も静かに見守る。
 
 県警交通規制課によると、県内では土佐郡大川村と高岡郡梼原町にも信号機が一つしかない。安芸郡北川村と馬路村には一つもない。(八田大輔、楠瀬健太、新妻亮太)

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カテゴリー: 社会ふれあい高新2019主要社会幡多


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