2019.10.13 08:00

【ノーベル平和賞】「武力より対話」後押し

 2016年8月、リオデジャネイロ五輪の男子マラソン。エチオピアの選手が両手をクロスさせて「×」を示しながら、2位でゴールした光景を覚えている人もいるだろう。母国の圧政に抗議するためのポーズだった。
 そのエチオピアは今、大きく変わろうとしている。18年4月に就任したアビー・アハメド首相が民主化を断行。長年にわたる隣国との国境紛争も解決した。活動が評価され、アビー首相に今年のノーベル平和賞が贈られることになった。
 人口約1億人のエチオピアは約80の民族からなる。少数のティグレ人らが長年、政治や経済を掌握。事実上の一党支配が続き、政権を批判した活動家らが投獄されるなど政治的自由は制限されてきた。
 これに対し、最大民族のオロモ人による反政府デモが活発化。治安部隊の弾圧で多数の死者が出るなど混乱が深まった。リオ五輪のマラソン選手もオロモ人である。
 収拾のために与党がオロモ人初の首相として担ぎ出したのが、当時42歳で無名のアビー氏だった。
 驚かされるのは短期間でさまざまな改革を打ち出していることだ。過去の弾圧への謝罪、政治犯の釈放、複数政党制の実施表明、閣僚の半数に女性を起用…。民主化と国民融和への強い思いがうかがえる。
 最大の功績は隣国エリトリアとの関係改善だ。両国は国境線を巡る対立で1998~2000年に紛争になり、推定10万人が死亡。その後もにらみ合いが続いていたのをアビー氏は昨年7月、エリトリアに譲歩する形で紛争を終結させた。エリトリアと他国との紛争の仲介にも積極的に乗り出している。
 「戦争は問題解決の手段にならない」。アビー氏の姿勢は「国家間の友愛や常備軍の廃止・削減、和平会議の促進に最大の貢献を行った」人々に平和賞を授与すべきだとした、創設者アルフレド・ノーベルの遺志にかなう。
 アフリカでは土地や資源の帰属などを巡る隣国との対立、民族間の紛争が絶えない地域は少なくない。今回の平和賞授与は、エチオピアが問題解決への先行事例になり得るとの期待も込められていよう。
 一方で矢継ぎ早の改革に対し、既得権を失う勢力が反発。アビー氏の暗殺未遂や、武装勢力による襲撃で日本人女性が死亡する事件も起きている。改革が順調に進むかどうか、予断を許さない状況だ。
 それでもなおエチオピアの現実に国民自らが向き合い、民主化を進める歩みを止めるわけにはいかない。平和賞はそれを後押しする大きな役割を果たすだろう。
 世界に目を転じても歴史や貿易などさまざまな問題がこじれて国と国はもとより、国民の間でも対立と分断が深まる風潮が強まっている。
 だからこそ対話を重んじ、国際協調の実現へ粘り強く努力することが大切だ。そのことをノーベル平和賞は改めて示している。

カテゴリー: 社説


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