2019.08.08 08:00

【戦没者遺骨収集】残された時間は長くない

 旧ソ連に抑留され、シベリア地域で死亡した日本人のものとして、厚生労働省の派遣団が5年前に収集し、持ち帰っていた複数の遺骨がその可能性が低いことが分かった。
 DNA型鑑定の結果は昨年8月に出ていた。それなのに最近まで発表していなかった。埋葬地を誤った可能性が指摘されている。
 なぜ1年も公にしなかったのか。厚労省は「鑑定結果の精査や整理に時間がかかった」としている。だが、鑑定会議の専門家からは「ロシアに返すべきでは」といった意見が今年に入って出ていたという。
 厚労省に隠す意図があったとは思いたくないが、国の収集事業に対する遺族らの信頼を損ねてしまったのは確かだ。現地の人の遺骨を持ち帰っていたとすれば、これも大きな問題になる。
 これまでもフィリピンでの収集事業で「現地住民の遺骨が含まれている」との指摘を受け、作業が長く中断したことがある。シベリア地域のケースはどこに問題があったのか。公表がなぜ遅れたのか。詳しい検証を求めたい。
 太平洋戦争の戦没者の遺族らの高齢化も進んでいる。残された時間はそう長くはない。遺骨収集を「国の責務」と法律で規定した以上、政府は収集と遺族への返還を加速する必要がある。
 厚労省によると、国内外の戦地での戦没者は約240万人。政府は遺骨収集を1952年に始めた。しかし、70年近くを経て未帰還の遺骨は約112万人分に上る。
 推計でフィリピンに約37万人、中国東北部などに約20万人、中部太平洋に約17万人…が残る。海に没するなどして収容が困難な遺骨も相当数あるとみられる。
 遺骨収集は政府の「旧陸海軍の残務整理」との位置付けで、収集自体を目的にした法整備は遅れていた。遺族関係団体などからは、法的根拠があいまいなために収集が進まないとの指摘があった。
 そうした経緯を踏まえて、超党派の議員立法による戦没者遺骨収集推進法が成立したのが2016年だ。収集を「国の責務」とし、24年度までを収集の「集中実施期間」と規定した。
 しかし、戦友からの情報は年々減っており、13年度の2521柱から18年度は3分の1以下に収集が落ちるなど影響が出ている。
 各地の遺族会なども早期収集をどんなに待ち望んでいるだろう。間違った遺骨の収集といった問題が持ち上がっては遺族らの期待を踏みにじることになる。
 厚労省は、埋葬地と推定される国内外の約1700地点を23年度までに調べる計画という。フィリピンや東部ニューギニア、ビスマルク・ソロモン諸島、沖縄など広大な地域に及ぶ。
 戦後74年がたっても日本に戻れない遺骨がまだ数多くある。終戦の日も近い。若い世代に、この事実をしっかりと伝えたい。 
カテゴリー: 社説


ページトップへ