2019.07.27 08:00

【警察の聴衆排除】自由な発言の萎縮を招く

 憲法で保障された「表現の自由」に対する不当な侵害と、公平な法の執行からの逸脱が疑われる。
 参院選の期間中、札幌市で自民党公認候補の応援演説をしていた安倍首相にやじを飛ばした聴衆を、北海道警の警察官が腕を抱えるなどして取り押さえ、現場から排除した問題が波紋を広げている。
 道警は演説中に「安倍辞めろ」などと大声を出した男性を警察官数人で取り囲み、後方に移動させた。
 1人で演説を聴いていた女子大生も「増税反対」と叫んだ瞬間、警察官に囲まれ、腕をつかまれるなどされ移動を余儀なくされた。その後も警察官に約1時間つきまとわれ、恐怖を感じたという。
 映像を見ると、「安倍総理を支持します」という多くのプラカードが掲げられる中、「年金100年安心プランどうなった?」というプラカードを持った高齢の女性も警察官に囲まれ、排除されている。
 「安倍さんに見てもらいたかった」と話す女性は「声も出していない」と戸惑っていた。
 要人の警備は警察の重要な任務には違いない。ただ、どういう法的根拠で聴衆を力ずくで排除したかが問題だ。道警は「トラブルや犯罪の予防措置」とするばかりで、詳しい説明を避けている。
 公職選挙法は演説妨害を「選挙の自由妨害罪」と位置付けるが、1948年の最高裁判決は「聴き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」と示している。
 拡声器を使うなど大規模な妨害が対象だとみられている。散発的にやじが飛んだ札幌のケースが該当するとは思えない。一時的にせよ、聴衆の自由を奪った法的根拠を道警は説明すべきだ。
 また、警察法2条は、警察が責務を遂行するに当たって「不偏不党且(か)つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及(およ)び自由の干渉にわたる等その権限を濫用(らんよう)することがあってはならない」としている。
 政権を批判する言動を公共空間から排除した行為は、不偏不党、公平中正と受け取られるだろうか。表現の自由に対する「権限の濫用」という疑いもある。
 安倍首相は2年前の都議選で演説中にやじを飛ばされ、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と気色ばんで批判を浴びた。異論に耳を傾けず、敵味方を分断する政治姿勢を象徴している。
 同じ年の衆院選と今回の参院選では、首相の遊説日程はやじや抗議を警戒して当日朝に報道機関にのみ発表し、一般には非公表にするなど神経をとがらせている。警察がそんな時の政権の方針を忖度(そんたく)し、介入したとすれば、なお危うい。
 公権力の過剰な対応で人々が萎縮し、自由にものが言えない社会になっては戦後民主主義に逆行する。
 警察は組織全体で今回の事案を検証し、政治的中立性と権力の抑制的な行使を徹底すべきである。
カテゴリー: 社説


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