2019.07.18 08:32

ただ今修業中 高校馬術部顧問・和田健太郎さん(23) 四万十市

「生徒から自分に話しかけてくれるような信頼関係も大事」と話す和田健太郎さん(四万十市古津賀)
「生徒から自分に話しかけてくれるような信頼関係も大事」と話す和田健太郎さん(四万十市古津賀)
ハードル越える喜び
 高知県内で唯一、馬術部のある四万十市の幡多農業高校。6年前、個人で全国大会に出場した和田健太郎さん(23)が、馬術部の指導者として昨春、母校に帰ってきた。9人の部員と9頭の馬を、恩師の小山創(はじめ)監督(37)と2人で見守る。競技者とは違う指導者の難しさを感じながら、新たなハードルを越えようと日々、汗を流している。
 
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 高校から馬術を始めた和田さん。そもそも馬に興味があったわけではない。入学するまでは幡多農高に馬術部があることすら知らなかった。同じ宿毛中から進学した友達に誘われて、入学後、何げなく入部した。
 
 ジャケットを着て優雅に馬を乗りこなす―。そんなイメージとはほど遠い、ハードな生活が待ち受けていた。学校で飼育する馬は生徒たち自身で管理しないといけないからだ。
 早い時は朝6時から厩舎(きゅうしゃ)の掃除、水の交換、餌やり…。夕方に練習した後も世話があるから夜も遅い。1カ月もしないうちに列車通学を諦め、学校そばの寮に入ったほどだ。誘ってくれた友達は5月には退部した。
 
好きな言葉
好きな言葉
 和田さん自身、何度も「やめたいです」と申し出たという。ただ、小山監督には聞き流され、仕方なく練習を重ねるうち、思い通りに動かない馬に「どうやったら言うことを聞くんだろう」と考える時間も増えてきた。
 
 一頭ごとに違う馬の個性を把握し、馬上でのバランス感覚を磨いた。少しずつできることが増え、喜びを覚えた。「自分がああしたい、こうしたいと思い通りにできた時は楽しかった」。秋の競技会に出る頃には、もう馬術にのめり込んでいた。
 
 2年時には部員が自分と後輩の2人だけの時期も。作業が増え、頼れる同学年の仲間もいない。孤独に陥りそうな時は小山監督が助けてくれた。改善点をよく話し合うなどコミュニケーションを密に取り、技術を伸ばした。そして3年の時に中四国大会で優勝することもできた。
 
 この経験があったから、高校を卒業する頃には「また小山先生と一緒にやりたい」と指導者の道へと心が傾いていた。
 
 小山監督の母校、東京農大で4年間、さらに腕を磨き、昨年春に臨時の実習助手として幡多農高に帰ってきた。そして、今春には正式に採用された。
 
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 馬術は危険と隣り合わせのスポーツでもある。人より何倍も大きい馬が暴れて落馬したら大けがをする可能性も。和田さんも大学時代、他の選手が骨折する場面を目の当たりにした。
 
 それだけに生徒を預かる立場として、危機管理には細心の注意を払う。「馬の調子が悪い時とか馬に乗る生徒のメンタル面も見て、これは危ないなと思ったら練習メニューを変えることもあります」。指導経験の少なさを言い訳にはできない。馬の様子をしっかりと観察し、生徒一人一人と向き合って会話する。馬術の楽しさと厳しさの両面を伝えようと奮闘する毎日だ。
 
 2003年の創部以来、初の“生え抜き”指導者に、小山監督は「いずれは本人に前をきってやってもらいたい。遠慮せずに自分のカラーも出してほしい」と期待を込める。それだけの熱心さ、真面目さがあるという。
 
 自身と同じように高校から馬術を始める子がほとんどだが、「常に全日本に出場するようなチームにして(08年以来の)全国優勝できる生徒を育てたい」と和田さん。できないことができるようになる。ハードルを飛び越える喜びを伝えていく。
 
 写真・久保俊典
 文 ・仙頭達也

カテゴリー: 社会幡多


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