2016.06.13 08:10

奇跡の笑顔 全盲・重複障害を生きる(15)入れて良かった盲学校

母と先生は日々、音十愛ちゃんの様子を伝え合った(盲学校幼稚部年少組の連絡帳)
母と先生は日々、音十愛ちゃんの様子を伝え合った(盲学校幼稚部年少組の連絡帳)
■日々成長し感情豊かに■
 盲学校幼稚部(高知市)入学までの前置きが長くなった。さて、2009年1月。急展開で3学期から年少組への通学が認められた山崎音十愛ちゃん。その様子を母、理恵さん(当時41歳)は2月16日付の高知新聞朝刊・声ひろば欄に、こう報告していた。

 〈「娘、音十愛は今」
 皆さんの温かい励ましで念願かない、今では午前中の2時間、楽しい行事に触れ合っています。生活リズムが整ったせいか自傷行為が減り、夜はよく眠ります。帰宅後も歌(学校でならった)を口ずさみ、要求する言葉が出てきました。先生方の丁寧なご指導には頭の下がる思いです…〉

 普通なら、話はここでハッピーエンド、となるのだろうが、順調だったのは3学期の間だけ。再び試練が待っていた。

 その前に、念願かなった盲学校の様子を少し―。

 授業は午前9時半から2時間のみ。給食前には母と一緒に下校した。本来なら午前9時から午後1時半までなのだが、口蓋裂(こうがいれつ)の手術は終わったものの、口内過敏がひどく、給食が食べられなかったこともある。

 心配された経鼻チューブへの対応は、看護師が配置された。ただ、「校内では医療的ケアを一切行わない」という条件付きだったため、理恵さんがずっと待機。チューブが抜けそうになると、看護師が母を呼び、母が調整するという、何とももどかしい状況から始まった。

 一方、音十愛ちゃんは投稿通り、何とか順調に溶け込んだ。登校とともに先生が1対1で付き、常に対応してくれる。「朝の会」であいさつを覚え、歌や音楽をいっぱい聞き、リズム体操で体を動かし、みんなで集まって朝礼。トランポリンやブランコで楽しみながらの授業もある。

 廊下は広く、職員室やプレールームの入り口には、“目印”となる鈴や毛糸の玉、ミニペットボトルがぶら下がっている。手に触れるとどこの部屋か分かる仕組みだ。

 言葉は「おはよう」「せんせい」「ブーラン、ブーラン」(ブランコのこと)など1語分の発声程度だったが、時に「○○くーん」と級友の名前を呼んだり、先生たちから「音ちゃん、かわいいね」と言われ、照れて顔を隠すなど、感情が豊かになっていった。

 1月末の4歳の誕生日には、生まれて初めて、小さな手形の入ったバースデーカードをもらい、先生、友だちから祝福を受けた。

 「涙がまたこぼれました。入れて良かった。ここなら間違いないって安心しましたねえ」と理恵さん。

 そうなると、さらに可能性を伸ばしたくなる。給食も食べさせてやりたい。それには経鼻チューブを“卒業”したい。胃ろうを造設して胃の穴から注入をすれば、口から食べる練習もしやすいし、言葉の訓練にも役立つのだ。それならばと、併せて胃から食道への逆流を抑えるための噴門部を絞る手術も受けることにした。

 手術は春休み中に香川県の病院で受けた。当初の話では2週間の入院の予定だったが…。何と7カ月にも及んだ。

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