2019.03.13 08:00

【透析中止】慎重な判断できているか

 重い腎臓病患者にとって人工透析の中止は「死」と同じ意味を持つ。その提案も受け入れも簡単にできることではないはずだ。
 東京都福生(ふっさ)市の公立福生病院で、腎臓病の女性が医師から透析中止を選択肢として示され、受け入れて約1週間後に亡くなっていたことが分かった。
 女性は44歳。選択肢を示された段階では入院しておらず、透析治療を続ければ延命できた可能性が指摘されている。
 都は、厚生労働省や日本透析医学会が示す終末期医療のガイドラインを逸脱していた疑いがあるとして、病院を立ち入り検査した。学会も調査委員会を立ち上げた。
 同病院には透析中止の事例が多数あるという。適正な判断だったのかは関係機関の調査結果を待つしかないが、終末期医療の在り方が改めて問われそうだ。
 私たちの生と死への向き合い方、個人の尊厳の問題でもある。社会全体で課題を議論していきたい。 
 全国の慢性の透析患者数は2016年末現在で約33万人に上るといわれる。一般的な血液透析は週3回、1回当たり3~5時間かかる。
 長時間の拘束や針の痛みは患者の心身に負担が大きく、合併症に苦しむ患者もいる。重篤になると、透析自体が生命の危険につながることもあるという。そこで学会は14年、終末期患者を対象に透析中止のガイドラインを策定した。
 患者が十分な情報提供を受け、納得して中止に同意した場合はそれを尊重する内容だ。患者が決定を変更した場合は透析を「状況に応じて開始または再開」するとした。
 福生病院は「家族を含めた話し合いが行われた。独断専行した事実はない。悪意や手抜きや医療過誤もない」と正当性を主張している。確かに死亡した女性患者は透析中止に同意し、署名もしていた。
 調査では、患者の精神状態が十分加味された上での判断だったのか、中止した場合の苦しさも含め、十分な情報が患者に提供されていたのかなどが焦点になりそうだ。
 女性は死亡する前に一時、中止の撤回とも受け取れる発言をしたが、透析は再開されなかったことも分かっている。それ以前に終末期ではなかった可能性も指摘されている。
 都や学会は調査を徹底し、結果を社会に分かりやすく説明することが求められる。 
 厚労省、学会ともにガイドラインは方針の決定を医師単独ではなく、チームで行うこととしている。生死を左右する判断が特定の医師のスタンスで行われてはならない。
 医療やケアの中止は慎重の上にも慎重な判断が必要だ。医療現場で十分な体制と手続き、患者や家族との意思疎通が取れているか、いま一度再点検したい。
 厚労省はガイドラインでこう強調している。「積極的安楽死は対象としない」。安易な死への誘導が許されないのは当然だ。
カテゴリー: 社説


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