2016.05.25 08:20

奇跡の笑顔 全盲・重複障害を生きる(9)盲学校幼稚部で門前払い

カルニチン欠乏症による入院中だったが、「七五三」で兄、姉とともに街へ。髪の毛が寂しくなっている(2007年11月、提供写真)
カルニチン欠乏症による入院中だったが、「七五三」で兄、姉とともに街へ。髪の毛が寂しくなっている(2007年11月、提供写真)
 髪の毛が抜け落ちてしまった山崎音十愛ちゃん。高知大学付属病院に再入院したのは2007年9月28日、2歳8カ月の時だった。

 不機嫌、嘔吐(おうと)、体重増加の不良を主訴に入院。点滴を落としていたところ全身に浮腫(ふしゅ)が現れる緊急事態。精密検査の結果、長期にわたる特殊ミルクの摂取で栄養が偏り、カルニチン欠乏症になっていた。カルニチンはエネルギーになりやすい物質を筋肉細胞内のミトコンドリアに運ぶ。不足すると心筋が弱り、心不全を引き起こす。薬で持ち直し、2カ月余りで退院した。

 「この時も死にかけてましたねえ。心筋症という名前が付いて、心臓専門の先生も出てきてくれて、ずっとフォローしてくれたんです」と母、理恵さん(49)。

 2度の大病を乗り越え、唇の手術も終了。落ち着く間もなく、新たな問題が現れた。教育の問題だ。高知県立盲学校(高知市)の幼稚部へ入学できないことが分かったのだ。

 ここまでずっと、闘病生活を取り上げてきたが、音十愛ちゃんはその合間を縫って生後8カ月から盲学校の早期教育相談「ひまわり教室」へ週1回、午前中の1時間半、通っていた。音楽リズムに合わせて体を動かし、楽しみながら手、足、顔など体のイメージを覚え、柔軟性を高め、バランス感覚も養っていく。

 理恵さんは当然、春から幼稚部へ通えると思っていたのだが、高知県教育委員会が「鼻腔(びくう)チューブの入った医療的ケアの必要な子は前例がない」と門前払いしたのだ。

 理恵さんは目の前が真っ暗になった。その様子を、高知市の保健師は2007年12月の記録にこう書き残しているという。

 〈お母さんは精神的に参っており、子供を連れて実家(高松市)へ帰っていた。それほど追い詰められていたようだ〉

 いつまでたっても「ママ」と呼んでくれない。顔に触ろうともしない。「母親と分かっているのか不安でした」と理恵さん。

 自傷行為も続いていた。おもちゃも喜ばない。唯一のお気に入りは、触ると歌声の出る絵本。「それだけなんです。手触りが違っただけでも駄目。よだれで傷むので、同じのを何回も買い替えました」

 体に毛布を巻き付けてないと不安で、その毛布も別の物だと落ち着かない。「触ることさえも必死だったんでしょうねえ。じっとして、手の届く範囲でしか伸ばさなかったんです。どうやってその状態から脱出すればいいのか、私は教えてほしかった。どうすれば音十愛が外の世界に手を伸ばしていくのか。盲学校は視覚障害児に特化した設備の中で訓練をしていた。専門の先生に、その力を授けてもらいたかったんです」

 ひまわり教室に通いながら、幼稚部にいた重い重複障害の男の子が徐々に成長、ついには歩きだせた姿も見て、音十愛ちゃんの将来を重ねていたのだ。

 だが、状況は厳しい。2008年3月の高知県議会予算委員会での質問でも、教育長答弁は即答を避けた。

 「医療的ケアが必要というだけで、教育が受けられないなんて…」。あきらめきれない理恵さんは立ち上がった。それが多くの人の心を動かすことになる。

     =第1部おわり

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 第2部「成長編」は、音十愛ちゃんが歩けるまでの支援と、これからを考えます。
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