2016.05.23 08:15

奇跡の笑顔 全盲・重複障害を生きる(7)飛んで来た言葉のナイフ

音十愛ちゃんを連れて、姉の遠足にも出掛けた(提供写真)
音十愛ちゃんを連れて、姉の遠足にも出掛けた(提供写真)
 ピンチを乗り越え2006年3月末、1歳2カ月で高知大医学部付属病院を退院、自宅に戻った山崎音十愛ちゃん。「ゴルツ症候群」という病名は判明したが治療法はない。一方、取り組むべき課題は山積みだった。

 まず、割れた上唇を早く閉じてやりたい。退院時、既に手術の目安となる体重5キロは超えていたのだが、重い障害のある子供は全身麻酔をすると心肺停止のリスクが高いため、慎重を期して手術は退院から10カ月後。2歳直前になった。

 義眼の取り組みもあった。「女の子だから、見た目も大事にしてやりたい」と思った母、理恵さん(49)。ネットでつながった無眼球症児の母親の情報で東京の義眼職人を探し当て、2歳すぎの時、待望の本格的義眼が届いた。入れると目がパッチリ。たまらないほどかわいかった。だが、まぶたの裏側の炎症や、洗浄の際の入れ替えで痛いことばかり。「見た目を気にするよりも、音十愛が嫌がることはもうやめよう」と義眼はあきらめた。

 嘔吐(おうと)に伴う中耳炎も続いていた。特効薬のないことばかりだ。そんな中、理恵さんが常に大切に思っていたのは「音十愛を社会から隔離してはいけない」だった。

 「とにかく、『かわいそう』という言葉が付きまとうんです。でもね、私たちは一生懸命生きている。哀れみの言葉が大嫌いでした」

 「かわいそう」ばかりでない。ちょっと出掛けると子供が取り囲んで、「わーっ、気持ち悪い。どうしたが」と驚かれた。屋外コンサートへ出掛けると、酔った男性から「こんな子産んで、親が悪い。行いがいかん!」と怒鳴られ、ポロポロ泣いた。宗教関係者からは「先祖が悪い。普通はこんな子は生まれませんよ。おはらいしてもらいに行きましょう」。

 「言葉のナイフがバンバン飛んで来るんです」と理恵さん。心はズタズタだったが、くじけなかった。「きっと音十愛のことを知らないから言うんだ。もっと知ってもらったら、みんな理解してくれるはず」

 それを気付かせてくれたのは、家に遊びに来る兄姉(きょうだい)の友だちだった。「おとめちゃーん」「かわいいねえ」と接してくれるのだ。

 「たまに来た子は『気持ちわる~』なんだけど、常に見ていたら全然、普通なんです。あ、これだなと。隠していたら、兄姉2人にも悪い影響が出る。堂々としなくては」

 散歩にも出たし、兄姉の参観日、祭り、運動会と機会あるごとに参加した。遠足の時は木陰で、枝にミルクのボトルを引っ掛け、そこからチューブで注入した。

 「近所のお母さんは誰でも音十愛を知っていました。会うと気軽に『音十愛ちゃん、元気?』って。普通ですよ。病気や障害のあるお子さんのきょうだいが医療職に就くことが多いのは、そこなんじゃないでしょうか。身近で学んだ体験を基に発展させていくんだと思います」

 好奇の目と闘った日々。語りながら言った。「ここは絶対、新聞に載せてほしいと思ってます」

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