2018.08.15 09:40

飯ごうに「オカザキ」 沖縄戦から73年ぶり、四万十市の娘の元へ

「オカザキ」と刻まれた遺品のふたを手に持つ女性(四万十市安並)
「オカザキ」と刻まれた遺品のふたを手に持つ女性(四万十市安並)
戦死 顔見ぬ父「やっとまつられる」
 1945年の沖縄戦で戦死した高知県四万十市西土佐出身、岡崎定(さだむ)さんの名前が残る飯ごうのふたが、73年の時を経てこのほど、実の娘である女性(74)=同市安並=の元に届けられた。女性は「本当にありがたい。遺品としてまつることができる」と喜び、「オカザキサダム」と彫り刻まれた形見を、そっと手元に抱いた。
 
 ふたは20年前、沖縄県内の戦場跡などで遺留品を収集している国吉勇さん(79)が見つけて保管。遺品を遺族に返す取り組みをしているグループが今年6月、国吉さん宅で再調査したところ、側面に「オカザキ」、裏面に「オカザキサダム」と彫られた飯ごうのふたを改めて見つけた。
 
 高知県出身の戦没者の中に同じ名があることから、6月23日の高知新聞朝刊で情報を求めた。女性が「私の父だと思う」と名乗り出て分かり、沖縄のグループから高知新聞に郵送で届いた飯ごうを、記者が女性に届けた。
 
 女性と定さんは、直接会ったことはないという。定さんは妻の妊娠中に出征し、生後間もない一人娘の顔を見ることがないまま、1945年6月、沖縄県糸満市真壁で亡くなった。...

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カテゴリー: 主要社会幡多


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