2018.08.06 08:00

【原爆の日】核廃絶の願い諦めない

 73年前のきょう広島に、その3日後、長崎に原爆が落とされた。鎮魂の夏がことしも巡ってきた。
 「誰にも同じ思いをさせてはならない」。昨年、非政府組織「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のノーベル賞授賞式に招かれたカナダ在住のサーロー節子さんは語気を強め、世界に訴え掛けた。
 13歳の時、広島で閃光(せんこう)を浴び、家族を亡くした被爆者の「ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ」の叫びだ。「二十数万人の魂を感じてほしい」。人類が犯した最悪の愚行を記憶にとどめ、次代に伝えていってほしいという平和への願いだ。
 だが、その授賞式に米ロなど核保有五大国の姿はなかった。核を巡る国際社会のゆがみを象徴した。
 ICANは日本を含む世界100カ国以上の団体で組織し、広島、長崎の被爆者も語り部となって参加。その活動は、核兵器を法的に全面禁止する核兵器禁止条約を後押しし、昨年の採択へと結実した。
 「被爆者の光」。サーローさんがそう説いた核禁止条約には国連加盟国の6割以上が賛成した。核廃絶を望む国際潮流の広がりを示したが、核保有五大国や米の「核の傘」に頼る日本は採択に参加しなかった。
 核大国の米はトランプ政権がオバマ前政権が掲げた「核なき世界」の協調路線を転換、「力による平和」を前面に打ち出す。「米国第一」の強硬姿勢は中ロなどへの挑発となり、大国間で積み上げてきた核軍縮議論を逆回転させかねない。
 米国は北朝鮮と「朝鮮半島の非核化」で合意した。対話は歓迎すべきだとしても、具体的な行程は定まっていない。確実な実現は見通せていない。
 核を抑止力論で正当化する不毛な理屈を取り除かない限り、北朝鮮も対米抑止力として核開発の種を持ち続けるだろう。「完全な」非核化の道は開けてこない。
 日本政府も唯一の被爆国として毎年、国連に核兵器廃絶決議案を提出する一方、「核の傘」を優先する方針は変えず、核禁止条約への署名を拒む。そればかりか、安倍政権はトランプ政権の強硬方針を容認する場面も目立つ。
 米国の太平洋・ビキニ環礁水爆実験を巡り、高知県の元船員らが訴えた被ばく訴訟の判決で高知地裁は、国が被害を「矮小(わいしょう)化」させていた可能性を指摘した。日本政府の戦後の対米姿勢の一端をうかがわせよう。
 核軍縮の国際議論の中で、日本は核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任してきたのではなかったか。被爆者、被爆地の苦痛、核兵器の残虐性、非人道性を伝え、核廃絶を導く役割を担う。世界に平和の橋をつなぐ作業である。
 被爆者のサーローさんはこうも呼び掛けた。「がれきの中で聞いた声を繰り返します。諦めないで。光に向かって、はい続けて」。あの焦土の夏から立ち上がってきた国民の矜持(きょうじ)を代弁する。核廃絶へ隅々から声を上げ続けたい。
カテゴリー: 社説


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