2018.07.18 08:36

[ふれあい高新in越知町]土佐古地図ナビ特別版 横倉神社周辺

にぎわう交通の要衝
1838年奉納 大絵馬基に

 古地図を手に、記者らが高知県内各地を歩いて身近な歴史を紹介する企画「土佐古地図ナビ」。企画は今春で終了しましたが、今回は「ふれあい高新in越知町」に合わせ、特別版の「越知編」を掲載します。江戸後期の高岡郡越知町を描いた大絵馬の復元模型を基に、町立横倉山自然の森博物館の安井敏夫学芸員と横倉神社周辺を散策します。
 
《町歩きの基礎知識》
 町指定文化財の絵馬(縦151センチ、横170センチ)は天保9(1838)年、佐川の若衆が横倉神社に奉納。神社の秋の神祭を中心に描き、境内ののぼりや奉納相撲、腰刀を差した武士や庶民ら多くの参拝客が見られる。中央に仁淀川が流れ、越知の町や川漁、筏(いかだ)流しの様子などを描き、江戸期の越知の暮らしが分かる。復元模型は、1997年の同博物館開館時に作られ、絵馬とともに同館に常設展示されている。(楠瀬慶太)
 
横倉神社大絵馬(一部、横倉山自然の森博物館蔵)
横倉神社大絵馬(一部、横倉山自然の森博物館蔵)
史跡散策
(1)横倉神社
 楠瀬「平安期から山岳宗教の修験道の修業の場だった横倉山には、横倉宮(上ノ宮)、杉原神社(中ノ宮)、横倉神社(下ノ宮)の3社がありました。絵馬には、横倉神社内の鳥居や鐘楼、北社(金峯神社)、南社(横倉大権現)などの建物が描かれています」
 安井「現在の神社と絵馬では、建物や鳥居の配置は変わっています。境内の絵馬に描かれた鐘楼の鐘は、(長宗我部元親が奉納したという鐘から)2代目の1818年製のものでしょう」
 
(2)横倉寺跡
 安井「戦国期に多くの寺領を持ち、江戸期には12の脇坊があり、越知の人たちの信仰と庇護(ひご)を受けた横倉宮の別当寺。国道沿いの片岡ドライブイン駐車場あたりにありました」
 楠瀬「裏山に江戸期の横倉寺住職の墓が残っています。寺は明治初期に廃寺になりましたが、復興して今も越知の街中にあります」
 
(3)三尾(みつお)の渡し跡
 楠瀬「越知中学校北側の渡し場跡の石碑。旧松山街道の要所で、仁淀川を渡船で人が渡る様子が絵馬に描かれていますね」
 安井「越知は人や物が行き交った交通の要衝でした。博物館で絵馬と模型を見て、現地を歩き、越知の歴史を感じてほしいです」

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