2018.07.15 08:30

[ふれあい高新in越知町] 流れに育まれて(中)

明治期から「商売のまち」として形成された現在の越知町中心部(飯野浩和撮影)
明治期から「商売のまち」として形成された現在の越知町中心部(飯野浩和撮影)
自然が生んだ商売魂
 高知県越知町はどんな町ですか?

 町民にそんな問い掛けをすると、「自然が豊か」「露地野菜など農業が盛ん」などの声と並び、「商売のまち」という答えも聞かれる。確かに! みんなが知っているあのお店が…。

現在の交通の生命線、国道33号。仁淀川が寄り添うように流れる(高知県高岡郡越知町野老山)
現在の交通の生命線、国道33号。仁淀川が寄り添うように流れる(高知県高岡郡越知町野老山)
 地形的に商売のまちとなるのは必然だったのかもしれない。越知町史談会の山地亮孝(よしたか)会長(91)らによると、土佐、伊予両国の物資交易や文化交流に欠かせない道だった松山街道が走り、仁淀、柳瀬、坂折川の3河川の合流点でもあったため、明治期にかけて多くの物と人が集まった。

1955年の町中心部の商店街。夜の街も華やかだった(越知町提供)
1955年の町中心部の商店街。夜の街も華やかだった(越知町提供)
 1950年代には映画館や芝居小屋も複数あり、多くの人でにぎわったという。こうした歴史の延長線上で、現在も「町の規模に対して病院や飲食店が多い」といわれる。

 「多様な人を受け入れてきたためか、自主独立の精神を持つポジティブな人が多い気がする」とは小田保行町長(57)の見方。

 実際、県民に広く知られている越知発祥の店や企業は少なくない。「のむジュレ」シリーズを開発し、かんきつ類の加工販売を手掛ける「岡林農園」やラーメンの「自由軒」…。

 ディスカウントショップ「佐野屋」もその一つだ。もともとは酒の製造販売でスタートし、「佐野酒店」として主に町内で商売をしていた。

 転機は20年ほど前。酒類販売の規制緩和によって、ディスカウントショップやコンビニなど大手の参入で競争が激化。全国的に街の酒屋が廃業に追い込まれる中、「自主独立の精神」と「ポジティブ力」で逆風をはね返した。

 同店は経営路線を酒の小売りから雑貨まで扱うディスカウント販売に拡大。営業努力もあって業績を伸ばし、現在は県内に13店舗を展開している。佐野弘明社長(56)は「幼い頃、山や川で遊びを生み出していた。そんな経験が、人のやらんことをやりたいと思った時に生きたのかも。越知に育ててもらったんです」と話す。

 越知の風土が生み出した前向きな商売人気質は、今も脈々と地域に根付いている。(佐川支局・森田千尋)

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カテゴリー: ふれあい高新2018社会


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