2006.12.08 07:00

夢球場探して(42) 夢球場の先に(3)限界を知って

高梨(左)の2年間が終わった。梶田(中央)、上里田(右)らチームメートを残して四国を去る(高知市内のアパート)
高梨(左)の2年間が終わった。梶田(中央)、上里田(右)らチームメートを残して四国を去る(高知市内のアパート)
 四国アイランドリーグは誰にでも平等にプロ野球に挑むチャンスを与えてくれる。しかし、誰もがロッテに指名された角中勝也(19)のように夢を実現させられるわけではない。高知FDの左腕エース、「ランディ」こと高梨篤(24)は今シーズンを最後にリーグを去る決心をした。
 
 「自分も含め、みんなうまくなっていくのが分かった」一年目。高梨は七月に利き腕の左手首を骨折、シーズン後半を棒に振った。「自分がもっと伸びると思って四国に来た。やり切ってない」。故障明けの最終戦、プロを狙う力はないと思っていた自分を多くのスカウトが見てくれた。
 
 二年目、開幕から昨季以上のペースで勝ちを挙げた。六月にはリーグ初のノーヒットノーランを達成。周囲は高知のヒーローのプロ入りへの期待を膨らませた。だが、当人は違った。「自分のレベルは分かっていた。周りにエースと言われても、自分でそう思ったことはなかった」
 
 高梨の課題はずっと同じだった。それは球速を増すことだ。速球は130キロ半ば。何度も「あと5キロ」と言われた。冬場はジム通い、シーズン中は瞬発力アップのためダッシュを増やした。フォームも藤城和明監督(50)の指導で、肩やひじに負担を掛けないものになった。野球に没頭した。だが、球速は上がらなかった。
 
 いつのころからか「プロは厳しいかもしれない」と感じるようになった。打ち込まれたチャンピオンシップ第二戦、途中降板したベンチで無意識に「やめようかな」とつぶやいていた。横にいたチームメートに「そんなこと言うなよ」と声を掛けられ、自分でも驚いてしまった。
 
 シーズンが終わっても、一年前の気持ちにならなかった。正直投げたくなかった。大好きだったはずの野球なのに、いつの間にか苦しくなっていた。一度もなかった感覚に襲われた。
 
 十一月二十一日のドラフト後、苦しさは決定的になった。それは、自分の名前がなかったことより、上里田光正(24)が指名を受けられなかったからという。上里田はチームメートであるだけでなくルームメートだった。
 
 「野球に関して本当にストイック。何一つ(上里田に)かなわない」。口に出したことはなかったが、上里田は高梨の「ちっちゃな目標」だった。「アガリ(上里田)がプロに行けば、違う気持ちになっていたかもしれない」
 
 今、高梨に悔いはない。やることをやったという実感があるからだ。リーグはプロを身近に感じさせてくれ、そして自分の限界も教えてくれた。高梨は来年から大学の社会福祉学科で学んだ経験を生かし、茨城県内の病院で働くことになった。二年間、四国で挑戦したからこそ、次の道を歩き始められる。=敬称略

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