2018.02.23 14:30

パターソン

毎朝の寝姿の変化に、夫婦の気持ちがうかがえるなどジム・ジャームッシュ監督の演出は細やか。物語の終盤、小さな事件と奇跡が起きる
毎朝の寝姿の変化に、夫婦の気持ちがうかがえるなどジム・ジャームッシュ監督の演出は細やか。物語の終盤、小さな事件と奇跡が起きる
街と人を詩に 生いとおしむ 若い夫婦の愛
 パターソンは市バスの運転手。妻と愛犬1匹とつましく暮らしている。毎朝6時すぎに目を覚まし、歩いて出勤。帰宅後は愛犬と散歩し、行きつけのバーでビールを飲む--。言ってみれば、ただそれだけの1週間を描いた映画なのに、胸がじんと熱くなる。

 運転中の耳に入ってくる客たちの会話、窓の風景、同僚のぼやき、散歩で出会う人。パターソンは日々のすべてを詩にしてノートに書き留めていく。

 物静かな彼とは対照的に、妻のローラは喜びを全身で表す人だ。毎日のようにカーテンの模様を変え、壁を塗り替え、新しい料理を作り、やったことのないギターの練習を始める。創作と意欲にあふれる彼女。あるお願いを夫にするのだが、そのやりとりで彼らがいかに互いを必要とし、今の日々を大切に思っているかがよく分かるのだった。

 彼らが暮らすのは、ニューヨークからバスで1時間ほどのパターソン市。ルーツが違う移民による多様な文化の街だ。同じ名を持つパターソンの詩も、出会った人や場面を取り込んでその都度変化し、人が互いに関わり合いながら生きていることを感じさせる。

 自分が考えていた言葉を相手がふいに口にしたり、それが普段は生活様式が遠くかけ離れている人だったりということは、どの社会にもあるものだろう。人は互いに近づいたり離れたりしながら、それぞれの人生の弧を描き、時に波長が重なって共振することがある。物語にはユーモラスで愛らしい人々が次々登場するのだが、随所に外見が似通ったペアが出てくる。これは双子だろうか、それとも友人同士だろうかと考えさせられた。恐らく答えは一つではなく、何度も見返し、考えをめぐらすことがジム・ジャームッシュ監督作品の楽しみ方だろう。

 妻を演じるのはテヘラン出身のゴルシフテ・ファラハニ。パターソン役は米国出身のアダム・ドライバー。

 夫婦はどこで出会ったのだろうか? 画面に映る少ない手掛かりから2人の来歴に思いをはせる時、人生をいとおしいものとして抱き締める彼らの姿が、一層胸に迫る。

 3月2日まで高知市のあたご劇場で上映中。(天野弘幹)

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カテゴリー: シネスポット文化


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