2002.02.11 11:10

土佐の果物語(9) 第2部 土佐ブンタン編(1)全国の8割

きらきら光る果汁たっぷり、土佐ブンタン
きらきら光る果汁たっぷり、土佐ブンタン
至福の甘酸っぱさ
 黄色の皮をむくだけで何とも甘酸っぱい香りがぷーんと漂ってきた。

 一つ一つの実にたっぷり含まれた果汁がきらきら光っている。指でつまんで、ぽんと口の中に入れる。ちょっとした冷たさの後、さわやかな味が口いっぱいに広がる。甘過ぎず、酸っぱ過ぎず…。至福のおいしさ。

 う、ふふふ。余韻を楽しみながら、思わず笑みがこぼれてしまう。

    □  ■

 土佐ブンタンという名の通り、育ちは南国土佐。でも生まれははっきりしていない。

 「昭和四年に開設された高知県農事試験場園芸部(高知市朝倉)の渡辺恒男部長が法元ブンタンの苗木を植えたのが最初と聞いてます」

 土佐ブンタンの「育ての親」として知られる宮地正憲さん(78)=土佐市宮ノ内=が教えてくれた。

 この法元ブンタン、原木は鹿児島県にあるらしいが、現地では栽培されていなかったという。それが、この土佐で広がった。

 スタートは土佐市だった。小夏に接ぎ木して栽培していた同市内の故高橋忠亀さんが、まず宮地さんの祖父、故文弥さんに勧めた。昭和二十一年、台湾から復員した宮地さんと弟の和夫さんがその後を継ぎ、普及した。

 「そのころは、ブンタン言うてもだれも見たこともない、味も知らん。自転車の荷台に積んで、戦災で焼け残った高知市内の果物屋に売りに行っても、買おうとせんですわね。店の主人と半分ずつ食べて『味がえいのうし』ということになって置いてもろうた」

 といってもすぐに売れたわけではない。

 「一週間ぐらいして行くと、主人が『お客さんに一個食べさせてから一個売るき、損になるき嫌』と言う。もう(栽培を)やめるかと話したこともあった。この辺りには『物を捨てる時には多くの人が集まる場へ捨てよ』ということわざがあるが、その通り、東京の市場に出したら、評価してもらえたので自信ができた」

    □  ■

 土佐ブンタンが知られるようになって約半世紀。ブンタン類は鹿児島や愛媛など他県でも作られているが、「寒さに弱い」ことなどで産地が限られ、高知県の栽培面積、生産量が全国の八割前後を占める。県内では、土佐市、宿毛市、香美郡香我美町、須崎市などが主産地。

 甘酸っぱーい露地の土佐ブンタンの物語、まずは宮地さんの話から始めてみよう。(経済部・竹村朋子)

ページトップへ