2018.02.13 08:00

声ひろば 2018年2月13日、火曜日

1.歩きたい!
【田内敏子、82歳、高知市】
 歩きたい。歩きたいけど歩けない。腰痛とは厄介な病気です。腰が曲がる。若い時の姿勢が悪かったか反省してももう遅い。
 それにしても今年の寒さ、身も心もぎゅっと固まってしまいます。
 これではいけないと思い、整骨院の先生に、つえのつき方、シルバーカーの押し方、立ち方、力の抜き方、体幹を保つ方法を教わり、練習していますが、なかなか思うようにはいきません。歩く事のむつかしさを思い知りました。
 せめて近くのスーパーやコンビニ、病院には一人で行きたい、それが願いです。それでもお正月は娘夫婦の所へ、孫夫婦が全員集まり、元気なひ孫を見て幸せな気分になりました。
 不自由な体になって思う事は人の優しさです。義弟夫婦は寒い中お弁当を買ってきてくれる。庭の掃除をしてくれる友人。ランチに誘ってくれる、動けないので顔を見に来てくれる友人。電話で気遣ってくれる県外の従妹(いとこ)。
 比島橋の休憩所で休んでいると、かわいい服を着たワンちゃんたちが寄って来てくれる。見知らぬ人とのあいさつも人生の一こま。
 先日久しぶりに所属する会に出席しました。気心の知れた仲間との談笑。コーヒーとケーキの楽しい新年会でした。今日も無事に過ぎた。明日も大丈夫と感謝の気持ちを持って過ごしたいと思います。

2.弟の一周忌に
【佐々木正彦、63歳、団体職員、いの町】
 東京で独り暮らしをしていた弟の命日が来た。享年60で亡くなってから、早いもので1年になる。
 信州で、今は別々の施設で世話になっている両親よりも急いだ旅立ちになってしまった。両親は私たち3人兄弟の中でも、次男となるこの弟のことを、とりわけ気にかけてきた。弟の死は、兄である私にとってもつらいものであるが、両親の心中は察するに余りある。
 若い頃から、我流で短編小説をつづったり句を詠んできたりしてきた弟は、身辺をきれいにしてこの世を後にした。さまざまな原稿もきちょうめんに整えられており、残された句の中には、共感できるものがある。
 病床では、死に確実に近づいていることを感じながらも、一方では、生へのわずかな望みも抱いていた。そのような中で脳裏に浮かんだのは、生まれ育った地での懐かしい思い出であったことがうかがい知れる。自然、風土、風習、食べ物、幼なじみや級友等たくさんあったようである。そして、その心の奥底には、常に両親への篤(あつ)い思いがあったことも感じられる。
 弟の死を通して、生きることや死ぬということとともに、親の立場としての自分のことを考えさせられた。

3.メモリアルコンサート
【小笠原隆政、63歳、学習塾経営、高知市】
 1月27日、宿毛市文教センターホールにおいて、石崎和子先生のメモリアルコンサートが開かれました。私は先生が主宰されていた楽団のメンバーで、20年以上前からお手伝いさせていただいていました。
 昨年先生がお亡くなりになり、一時楽団活動は休止していました。しかし、楽団メンバーの心には石崎先生から教えていただいた、音楽への情熱がいまだ燃え続けています。
 活動を続けてゆくことが一番の恩返しではないかとの気持ちから、多くの方のご協力をいただき、演奏会を開くこととなりました。
 今回は先生と今までコンサートで演奏してきた曲目と、いつか上手になって演奏できたらいいねと言われていた難曲にも挑戦。歌も入って「明日があるさ」で、楽しく感動的に終わりました。
 聴いて楽しい音楽は自分で演奏すれば、もっと楽しいです。そして仲間と一緒に演奏し多くの人に聞いてもらい、喜んでいただければ最高の気分になれます。
 今回のコンサートを通じて地域の人たちによる音楽活動がさらに広がり、隆盛することを期待したいと思います。石崎和子先生ありがとうございました。

4.近づく青春の終わり
【野中泰佑、36歳、介護福祉士、須崎市】
 先日の高知新聞で今年の4月開校する、高知国際中学校の事を知りました。これからの時代は国際化がより進んでいくと考えられるから、ぜひ多くの人材が集まり、勉学と交流を深めて坂本龍馬や岩崎弥太郎、ジョン万次郎のようなグローバル人として成長していってもらいたいです。
 そして、国内を離れ碧(あお)き星たる地球のどこにいようとインターネット、SNSを通じていつか南国土佐、己が故郷にブーメラン効果で貢献してもらいたいと心から願います。
 一方、自身の母校、高知西高校と高知南高校の統合により誕生する高知国際高校は、2021年4月の開校が近づきつつあり、高知西高校は確実に終わりの時を迎えようとしています。
 高知西高校の校章および校旗は蛍雪であり、雪つまり六花です。短歌や俳句では花は春、特に桜を意味しますが、私にとって花とはこの六花を指し、六花自体が私の青春です。
 しかし、雪が必ず融(と)けるように青春も確実に終わろうとしています。こうした現実に対し、一首捧(ささ)げたいと思います。
時の移ろいに六花の学び舎や幕を閉じたる日は迫りけり


《高校生特集》
1.ミカン
【松井栞、清水高3年】
 私はミカンが大好きだ。保育園の頃、おやつで出てきたミカンを隣の友達の分もこっそり取って食べて怒られたこともあった。
 私の家は冬になると、こたつの上にミカンが登場する。大量のミカンがかごに入って食べられるのを待っている。そこに手をのばし食べはじめると止まらない。家族に注意されないと食べる手を止められない。
 ちなみに私は小さめのミカンが好きだ。食べやすい大きさで、何となく大きいミカンより甘いような気がするからだ。私のいつもの食べ方は、ミカンを5~8個用意し、全ての皮をむき、白いやつも取って並べる。そして少しの間眺め、満足すると一つずつ一口で食べていく。それがおいしい。幸せだ。
 ミカンはだいたい母がまとめ買いしておいてくれる。そのほとんどが私のおなかにおさまる。だから、母は私のために買ってきてくれるのだ。ありがたい。
 こうしたひとときを過ごせるのもあとわずか。卒業すれば慌ただしい日々が始まる。心を新たに、一歩一歩踏み出さなければ。
 ただ、今はしばし、この幸せなひとときと家族との時間を味わいたいと思う。

2.できそうにない弟離れ
【岡田桃果、丸の内高3年】
 今でも鮮明に覚えているのは、弟が生まれた時のことである。実際に父と一緒に出産に立ち会った。私はその時まだ小学1年生で、両親を独り占めしていたい時期だった。しかし、弟の誕生を目の当たりにした私は、誰よりも弟に対して過保護になった。
 弟がまだ3歳の時、やんちゃだったのでスーパーで、いなくなったことがあった。母は買い物に必死なため、あまり気にしていない。それに比べて私は「もし誰かに連れ去られていたらどうしよう」「もし大けがをしていたら…」と過剰に心配してしまい、半泣きになりながら捜していた。
 弟が小学生の時は、家から1分で小学校に着くにもかかわらず、弟がきちんと学校に着くのを確認するために、一緒に家を出ていた。このように母があきれるほど、私は過保護である。
 今、弟は思春期に入り始めているので、私に対しても冷たくなってきた。もうそろそろ弟離れしないといけない、と少し寂しい気持ちになっていた。そんな時、私が大学受験を終え、結果を待つのが不安で仕方がなかった時、弟が熱した接着剤を吹き付けるグルーガンで「勝」という字をつくりプレゼントしてくれた。
 その優しさと、もう「勝」という字を書けるのだなと、弟の成長がとてもうれしかった。やはり弟離れはまだ、できそうにない。

3.頑張って選手を支える
【明神楓奈、幡多農業高2年】
 私は部活動でバレーボール部のマネジャーをしています。小学1年生の時にバレーを始めて、中学3年までやっていました。高校ではプレーするのではなく、選手を支える側でやりたいと思いマネジャーになりました。
 マネジャーの仕事は、ボール渡しやジャグ作り、他にも試合や練習試合でのスコアを書いたり、練習試合で審判をしたりします。
 幡多農バレー部は選手が11人。マネジャーが1人です。先輩、後輩関係なくとても仲が良く、いつも楽しく練習しています。秋季大会では目標のベスト8に入ることができて良かったです。
 これからもっと強くなれるように練習を頑張ってもらいたいと思うので、選手みんなを支えることができるように頑張りたいと思います。引退まであと数カ月で、今やっている練習や練習試合は一日一日が最後となるので、悔いのないようにしたいです。そして、教えに来てくれる人や、いつも指導してくれる先生、試合で応援してくれる保護者の方々に感謝の気持ちを忘れないようにしたいです。
 「負けて泣くな、勝って泣け」

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