2018.02.02 08:35

高知県室戸市「漁師の娘」川口さん起業 父のキンメダイを全国へ

1月4日の初漁。キンメダイの水揚げをする川口章一さん(室戸市の室津港)
1月4日の初漁。キンメダイの水揚げをする川口章一さん(室戸市の室津港)
出会いに導かれ加工販売
 「父が釣った新鮮なキンメダイを全国に届けたい」―。そんな思いに突き動かされ、高知県室戸市の漁師の家に生まれ育った女性が2017年秋、起業した。室戸市羽根町乙の川口真穂さん(39)。資金も経験もなかった「漁師の娘」が、多くの人たちとの出会いに導かれ、加工販売業者として新たなスタートを切るまでの歩みを追った。

コラボグランプリ高知大会で思いを語る川口真穂さんと泉谷伸司さん(昨年11月3日、高知市のひろめ市場)
コラボグランプリ高知大会で思いを語る川口真穂さんと泉谷伸司さん(昨年11月3日、高知市のひろめ市場)
老舗昆布店とコラボ
 2017年11月3日、高知市のひろめ市場。「どうしよう。めちゃくちゃ緊張してきた…」。うわごとのようにつぶやく女性がいた。室戸市の川口真穂さん。農水産業者と加工・流通業者らが連携して、開発した商品の出来栄えを競う「にっぽんの宝物コラボグランプリ」高知大会に出品者の一人として参加していた。漁師の娘として育った川口さんには、こうしたコンテストに参加したことも、大勢の人の前で話をした経験もなかった。

準グランプリを受賞した「熟成キンメダイの白板昆布まぶし」の試作品
準グランプリを受賞した「熟成キンメダイの白板昆布まぶし」の試作品
 そんな川口さんには頼りになる共同開発者がいた。国内外に販路を広げる明治元年創業の老舗、高知市の泉利昆布海産社長・泉谷伸司さん(41)。「とにかく一生懸命で、新しいことにチャレンジする彼女の熱意に打たれました」。二人がコラボしてつくったのは、室戸のキンメダイと、おぼろ昆布を削り取った後にできる白板昆布のうま味を引き出した「熟成キンメダイの白板昆布まぶし」。何とか試作品が完成したのは大会直前のことだった。

葉ニンニクソースを添えた、ふるさと納税の返礼品
葉ニンニクソースを添えた、ふるさと納税の返礼品
5月に全国大会
 審査では、商品そのものの評価とともに、それを開発するまでの物語や、出品者の思いなどが重要なポイントとして加味される。プレゼンテーションに臨んだ川口さんは「私が、食べてきた、おいしい魚を一人でも多くの人に…」。たどたどしい口調ながら切々と訴えた。「商品としての十分なクオリティーとともに人を感動させるストーリーがある」。審査員から高い評価を得、準グランプリを受賞。2018年5月、東京で開催される全国大会に向け商品化を進めることになった。

チャレンジショップ
 冬空の下、朝早くから手を真っ赤にして釣り針に餌をつける母。寒さのあまり感覚がなくなっていく。指に針が刺さることもしばしば。そして荒波の中、漁に出る父…。子を持つ親となり、家業の手伝いをするようになった川口さんは、そんな両親を見ているうちに、「父の釣った魚をもっと多くの人に届けたい」と考えるようになった。インターネットを活用して魚を販売することも考え、ネットショップの書籍を購入したが読解不能。関係機関に相談に行くと「もっと人脈を広げ、知識を身に付けてから来てください」と言われた。

 思いだけが先行して空回りする日々。そんな折、知人が紹介してくれたのが、新規開業を目指す人らを一定期間支援する高知県の事業「チャレンジショップあき」の事務を手伝うアルバイトだった。それから数カ月たった頃、川口さんの身に思いもかけないことが起きる。

 当時、安芸市の本町商店街は新たなチャレンジャーを探していた。2016年の12月、事務職員から一転、川口さんはチャレンジショップあき3号店の出店者となった。ここから人生の歯車が一気に回り始める。

ゼロからのスタート
 出店に当たり、川口さんがこだわったのは、子どもの頃からずっと食べてきた「川口家の食卓」の料理を再現すること。店名も「漁師の食卓」とし、それぞれのレシピやその背景にある物語も一緒に提供しようと考えた。一押しのメニューは「金目づくし丼」。刺し身、あぶり、漬けの3種類の味を楽しんでもらう。開店初日から大勢の人が訪れた。

 ところが、肝心のキンメダイは不漁続き。用意した魚はすぐに品切れになる。「安定しておいしい魚を届けるにはどうすればいいか」。約7カ月の出店期間中、川口さんは悩み続けた。振り返ると全てゼロからのスタートだった。店づくり、調理人の手配、鮮魚の保管…壁にぶつかるたび、不思議と応援し支えてくれる人が現れた。

 閉店する2日前のこと。食の6次産業化プロデューサーで、コラボグランプリ高知大会の事務局長の松田高政さん(45)=こうち暮らしの楽校代表取締役=もその一人。その時、昆布を使ったキンメダイ料理を食べた松田さんは、すぐに泉利昆布海産に連絡。泉谷さんとのコラボ商品づくりの糸口をつくってくれた。

 「父の釣ってきた魚を『おいしい、おいしい』と食べてくれるお客さん、本町商店街の方、いろいろな人との出会いがありました。いつも人が人をつないでくれる。チャレンジショップでの体験が私に進むべき道を教えてくれました」。2017年11月、川口さんは地元室戸市で、魚の加工販売を手掛けるため起業、室戸市のふるさと納税にも参入した。

 返礼品は鮮魚中心だが、葉ニンニクの無添加ソース「リーフ・ガーリック」とコラボした加工品の提供も始めた。ソースは、ぬたをベースに須崎市の農家がつくったもので、都会の若い女性らを対象に販路を開拓している「Story Crew」代表取締役の浅野聡子さん(33)が橋渡し役となってくれ、「簡単ぜいたくレシピ」として高知発の新たな食の提案をしている。


翌朝の漁の準備をする真穂さんと母の美津枝さん(室戸市羽根町乙)
翌朝の漁の準備をする真穂さんと母の美津枝さん(室戸市羽根町乙)
地元伝統の味も継承
 年が明けた1月4日、初漁の日。高知県室戸市羽根町乙の川口真穂さんの実家では、川口さんと母の美津枝さん(62)が翌朝の漁に向けた準備をしていた。

真穂さんの傍らで今年最初の競り市を見守る武井隆さん(室戸市の室津港)
真穂さんの傍らで今年最初の競り市を見守る武井隆さん(室戸市の室津港)
 深海に生息するキンメダイは、高知県東部海域の主力魚種の一つで、手釣りのほか、木製のたるを浮きにして流す「たる流し漁」がある。川口家が受け継いできたのはたる流し漁。二人は直径数十センチほどのたるに、手作業で餌のカタクチイワシをつけていく。一度の漁で十数個のたるを使うそうで、早朝から1時間半ほどかけ漁具づくりをする。

 餌をつけ終えた頃、沖合で漁をしていた父の章一さん(68)から連絡が入った。「時間、かかったね。どうやった、豊漁?」「えい方やね」。電話越しに明るい声が響く。午前11時、船が室津港に戻ってきた。次々に水揚げされるキンメダイ。冬の日差しに照らされ、真っ赤な魚体がきらきらと輝いている。特大、大、小、小小、重さによって振り分けられ、今年最初の競り市が始まった。

 入札用の木札を手にした川口さんのそばに、腕組みをしてうなずく男性がいた。近くで干物の加工販売業を営む武井隆さん(72)。「男ばかりの漁師に交じって、元気なお姉さんが市場で頑張りゆうと思うて」。キンメダイ、カマス、スルメ、フグ、さまざまな魚を扱ってきた武井さんは、そろそろ潮時と廃業することを考えていた。そんな時、室戸市商工会経営指導員の西村健さん(37)が引き合わせたのが、起業に向け準備をしていた川口さんだった。

 「キンメをやりゆうと聞いて、この子、やったらと思うた」。武井さんは以前使っていた加工場を二つ返事で川口さんに提供、“秘伝”の干物の味つけも教えていきたいといい、西村さんも「地元の伝統の味が引き継がれていくのが何よりうれしい」と期待する。

 ◇ 

 「漁師の食卓」の看板が掲げられた加工場。朝取れたばかりの日戻りのキンメダイを氷詰めし、県内外に発送する川口さんがいた。「ここからがスタートです」。そう話す傍らには、転機となったチャレンジショップの店内にも置かれていた木製のモニュメントが飾られていた。そこにはこんな言葉が書かれていた。

「ただいま」
「おかえり」
「お母さん、晩ご飯なに?」
「お父さんが釣ってきた金目」
「え?またあ?」
子どもの頃は気づかなかった
大人になって初めて知った
自然の恵みと本物の味
『漁師の食卓』
私がずっと食べてきた
“ごちそう”を
皆さんにおすそわけ

カテゴリー: 社会室戸


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