2018.01.13 08:10

声ひろば 2018年1月13日、土曜日

1.レスパイトの必要性
【篠原糸美、61歳、東洋町】
 人工呼吸器を付けて、5回目のお正月をむかえることができた。
 私は5年前の8月、肺炎になり、家から近い徳島県立病院に入院。気管切開し、人工呼吸器を付け、2カ月あまりの入院を経て、家に帰ってきた。
 あれから4年がたった9月、跳び上がるような知らせがあった。転勤した先生が当時の病院に3カ月間帰ってくることになった。即、入院をお願いし、11月、10日間入院ができた。
 人工呼吸器を付けて初めての入院であり、私が入院したい!と言えば、何を意味するかを分かっていて、県立病院はレスパイト(休息)色の強い私の願いに応えてくださった。
 次男のレスパイトの必要を分かってくれているのは、ケアマネジャーさん、ヘルパーさん、訪問看護師さんも同じであった。3人がボランティアとして交代で毎日通って来てくれたおかげで、次男は寝たい時に寝、起きたい時に起き、出かけても、好きな時に行き帰り、時間を気にせず過ごせた。休日をこのように過ごすのは、ごく普通ではなかろうか?
 私の介護は、次男一人が担っていて、代わってくれる人はなく、疲れても休むことはできない。この4年間、一日も休みをやれなかったが、理解ある方々の協力によって、やっと休みがやれた。私の精神面のレスパイトとなり、さらにがんばって生きていきたいと思っている。

2.老化と成長
【古味直起、66歳、農業、仁淀川町】
 写真を趣味とする(コンパクトカメラでただ写すだけ)私は、四季折々の草花や風景、孫たちの成長を自分なりに加工してアルバムにしている。当然、自分自身が写った写真は少ない。年に何回か他と一緒に写り込んだ自分の姿にあぜんとする。
 「誰、この老人は」。額は広くなり白髪が多く腹は出て、前傾姿勢になっている。気持ちと実写のギャップに驚く。やはり確実に老化していると実感する。
 半面、孫娘たちに会うときは「大きくなっているだろう、成長しているだろう」と、ワクワクしながら出迎える。
 柔道クラブに所属して、毎日練習に汗を流している。誰もが勝ちたい。負ける人がいなければ勝ち上がれないが、誰も負けたくない。親も子もスポーツに限らず当然の思いだろう。
 少しでも、力はついているだろうか。何よりも一生懸命練習しているだろうか。期待してみている。成長を楽しみにしている。
 孫たちの成長を楽しむ一方、私の老化は進んでいる。自然だから受け入れ、昨年の頑張りにお礼と感謝を、新年のみんなの健康と孫たちの成長、良い老後を初詣に行き、願ってきた。
 
3.がんばれ近衛兵殿
【中内百代、85歳、いの町】
 私が入所して明け暮れお世話になっているこのホームに、100歳のおじいさんがいます。この人は元近衛兵だったそうで、体格も思想も立派なお人だと思うのですが、この元陸軍兵士の立ち姿を見た事がないのです。というのも今は立てない体になって、すべて車椅子。
 かつての太平洋戦争では、死を賭して皇居をお守りしたそうで「その時のお話聞かせてよ」と言うと、「昭和天皇は威厳のあるお人やった。他は七十何年昔の事、忘れたわ」です。
 昨年、この穏やかなじいさんの誕生日に一同二十数人が食堂へ集まって「ハッピーバースデー」を合唱したのですが、「英語で祝うてもろうてもワケが分からん」と。
 この100歳さん、相撲のテレビとキュウリが大好きです。

4.羽根
【中原真知子、64歳、室戸市】
 12月27日の当欄に、愛知県の河野さんの、羽根の十兵衛すもうをなつかしむ投稿が掲載されていましたね。十兵衛すもうは60年近い歴史があるんですね。
 羽根へ嫁いできて40年近くになりますが、お倉まんじゅうの由来から、江戸時代、岡村十兵衛さんが命をかけてお倉米を放出して羽根の人々を救ったことを知りました。
 岡村十兵衛さんがまつられた鑑雄神社のことを、羽根の人は浜宮さんと呼んで、月に1度地区が交代で八幡宮といっしょに掃除をしています。夏のお祭りには、地元の方や保育園児の踊りやもち投げが行われます。また、秋の神祭の時には、花台やみこしは最後に浜宮を参拝します。
 11月のすもうは、準備や審判等、羽根十兵衛会やさまざまな人たちに支えられて、子どもから大人まで地区内外から参加があり、羽根地区恒例の行事になっています。
 三男と、長男の小学4年生の娘が参加しました。1番しか勝てなかったけど、細い体でふんばる一生懸命な姿に涙が出ました。12月10日の本紙に孫の写真を載せていただきました。
 由来はわかりませんが、羽根とは珍しい地名ですね。紀貫之の土佐日記に「まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな」という和歌があり、羽根岬に碑があります。
 私は、伊予の実家へ飛んで帰ることなく羽根にとどまって、6人の孫たちと暮らしています。岡村十兵衛さんによって守られた命は、つながっています。
 
《高校生特集》
 
1.立派な看護師目指して
【宮崎悠斗、丸の内高3年】
 僕は将来、看護師を志望しており、新年度から県内の専門学校に進学します。看護師を目指したきっかけは、主に母の影響です。
 以前、家族で外食に行った際、そこで男性2人がけんかを始めました。片方の男性がなぐりかかり、なぐられた男性は頭から血を流し倒れ込みました。周りにいた人たちは、その場から動けなくなっていましたが、看護師である母はすぐに駆け寄り、応急処置を始めました。
 それまで進路を迷っていた僕はそれを見た時、自分も人を助ける仕事がしたいと思い、看護師を目指すようになりました。
 それから看護学校のオープンキャンパスや看護体験に参加したり、母から看護の話を聞くようになりました。そして、看護の仕事が想像以上に大変だということを知りました。
 自分には、看護師に必要な行動力が足りないと感じることがあります。そこで、行動力を付けるために部活の部長の仕事をさらに頑張ったり、積極的にさまざまな活動に参加したりしてきました。
 しかし、まだまだ看護師になれる自信は付いていません。なので、看護学校で知識を身に付け、母のような行動力や落ち着いた判断力を備えた立派な看護師になりたいです。

2.社会人としての責任
【大野千風優、幡多農業高3年】
 「責任」という言葉を辞書で調べてみました。「自分の分担として、それだけはしなければならない任務」とありました。
 私は、4月から入社し、社会人になります。社会人になると今の学生時代とはまったく違う生活をおくり始めます。社会人になると自分の責任は自分で取らなければなりません。今までのように保護者や先生が責任を取ってくれることはないのです。
 私は、自分の力で働いてお給料をいただくということは、アルバイトで経験しています。しかし、高校生のアルバイトと社会人の企業で働くものとでは、責任感や覚悟がまったく違ってくると思います。私の場合、お客さまとじかに接する職業に就くので、より強く意識をもつことが必要になります。
 いままでなら、「早く自立したい」「親元から離れて一人暮らしをしたい」などと思っていました。ですが、いざその立場になってみると、保護者の存在の大切さを感じることができました。
 新年度から新しい環境で一からスタートしていきます。もちろん、まわりに仲の良い友達もいないので、とても不安です。きちんと責任感を持って働くことができるかどうかは、自信がありません。しかし、不安を抱いているのは私だけではないと思うので、がんばっていきたいです。新生活を迎えることを楽しみにしています。

3.たくさんの応援に感謝
【尾崎陽、高知農業高3年】
 私は昨年12月24日に京都で行われた全国高校駅伝に出場してきました。結果は本紙でも伝えられたとおり、目標には届かず悔しい思いをしました。私自身も決して満足できる結果ではありませんでした。しかし、あの時出せる力は出せたと思います。
 この大会を一番の目標として3年間練習してきました。苦しいことが9割の世界です。もちろん簡単にはいかず、全国大会には一度だけの出場となりました。しかしその分、大きなものとして私の心に残りました。
 アンカーということもあり、レースは独り旅の苦しい状況でした。ですが、沿道からの絶え間ない応援は本当に力になりました。そこには私の知らない人、他校の応援の人などさまざまだったと思います。
 それでも「高知だ」「頑張れ」などの短い一言は無限の力を持って、背中を押してくれました。
 それは高知から、テレビから応援してくださった方も同じです。京都へ行く前にもたくさんの激励をいただきました。私の知らない場所でも大きな期待があったと思います。本当にありがとうございました。
 さて、次の舞台は大学です。箱根駅伝出場を目標にこれからも競技を続けていきます。これまでの何倍もキツく、険しい道のりとは思いますが、地道にコツコツ頑張ります。

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