2017.12.21 08:25

「備えよ」先人たちの警句 いのぐ記者 高知県内の碑に学ぶ

きょう昭和南海地震の日

 今日12月21日は、昭和南海地震が起きた日です。1946(昭和21)年12月21日早朝、高知県を襲った昭和南海地震。激しい揺れと津波は大きな被害をもたらしました。南海地震は繰り返し起こっていて、郷土の先人たちはその恐ろしさを後世に伝えようと、県内各地に石碑を建てています。今月は先人の警句が刻まれた碑を防災いのぐ記者6人が訪ねます。


四万十市中村 為松公園の南海大地震記念碑
 昭和南海地震で旧中村市(現四万十市中村)では、県内で最も多い291人が亡くなりました。為松公園の南海大地震記念碑の碑文には千戸を超える家が全壊、66戸が全焼したとあり、被害の大きさを伝えています。また安政南海地震(1854年)から92年たっていることに触れ、「災害は忘れかけた頃やって来る」と記しています。


防災目線を持ちたい 県立中村中1年・宮地愛さん
 ここには小学生のころ毎年、遠足で来ていたのに石碑のことはまったく知りませんでした。何でも意識して見ないと分からないということに気付きました。祖母はこの地震の年に生まれています。石碑を訪ねると話したら「幼かったので記憶はないけど、ひいおばあちゃんは小さい私を抱えて苦労したと思うよ」と初めて教えてくれました。防災目線を持っていろいろなものを見て、中村でこんな大きな地震があったことを伝えていかないといけないと思いました。

須崎市大谷 南海地震記録碑
 野見湾を一望する小高い場所に立つ南海地震記録碑。石碑には昭和南海地震の教訓が刻まれています。南海での大きな地震には津波を伴うことを忘れないこと、必要な物に限って敏速に持ち出すことなどです。野見湾には津波が押し寄せ、大谷地区には標高約5メートルのところに津波の到達地点を示す碑がいくつか残っています。

体感した津波の怖さ 学芸中2年・有田遥海さん
 港から最高潮位の石碑まで集落を歩いてみて、津波の怖さを体感できました。この集落を襲った津波は、想像していたよりもずっと高いところまで到達していました。全国で一番高い津波が想定されている幡多郡黒潮町では、どれほどの地域が浸水するのか。津波の怖さを実感し、備えなければと改めて思いました。

石碑を守り続けよう 学芸中1年・本田みすずさん
 野見湾はきれいで穏やかで、最初は本当にここで71年前に地震や津波の被害があったのかなと思いました。石碑の文を見て改めて、やっぱりあったんだと実感しました。石碑は地震の記憶を思い出させる物なので、石碑があることを伝え、忘れられないように守り続けていくことが大事だと思いました。

南国市里改田 琴平神社の玉垣
 1854年に起きた安政南海地震の被害の様子が、琴平神社の入り口にある玉垣に刻まれています。安政東海地震の32時間後に起きた安政南海地震。「安政」の文字も読み取れる一連の碑文には、地面は裂け、山は崩れ、さらに津波が押し寄せて辺り一面が水の底に沈んでしまったなどと記されています。

昔の人の思い感じた 香南中2年・穂岐山陽さん
 琴平神社には、毎年お正月にお参りに来ています。でも安政南海地震の痕跡があるとは知りませんでした。印象に残ったのは、碑文からなんとか読み取れる「親を求め、子をたずねる声が山野に満ち満ちて」という部分です。地震の恐ろしさを後の世代に伝えようという、昔の人の思いを感じました。

自力で読んでみたい 土佐塾中2年・溝渕健太さん
 こんな玉垣があるのは初めて知りました。古典が好きなので、どんな内容か興味深く見てみました。でも古い言葉遣いで、自力ではほとんど分かりません。これから昔の文章を読む勉強をもっとして、もう一度自分で読み下してみたいです。少し欠けたりしている石碑の文から歴史を感じました。

越知町 土砂ダムの記録
 1707年の宝永地震。地震の揺れで越知町内の斜面が崩れて仁淀川をせき止め、土砂ダムができました。水面の高さは標高約60㍍に達し、決壊して洪水が起きました。関係する石碑は町内外の同じ標高の5カ所で確認され「石碑より下に家を建てるな」という言い伝えも残っています。

人ごとではない被害 県立安芸中2年・山崎萌木さん
 土砂ダムの被害は、馬路村に住んでいる私にとって人ごとではありません。土砂崩れの後に起きる被害も考えなければと思いました。越知町では石碑を回ることで、土地の特色や過去のできごとを知ることができます。電柱にも標高の表示があります。ただ宝永地震は300年以上前。古くなって文字が見えにくい石碑もありました。教訓を風化させないよう、守っていかないといけないと思いました。

伝えることがつとめ ★黒潮町・大方中★
 11月12日、黒潮町入野の「加茂神社」に設置してある南海大地震の石碑周辺の清掃をしました。私たち防災いのぐ記者3人と、他に参加してくれた4人の合計7人で、敷地内の落ち葉を拾ったり、掃いたりしました。

 その途中で地域の人が私たちに竹ぼうきなどを貸してくれ、使い方なども教えてくれました。

 初めて、加茂神社の清掃をして、たくさんの落ち葉が落ちていたけれど、みんなで力を合わせてあっという間にきれいになりました。その後、南海大地震の石碑をふくと、汚れが雑巾にたくさんつき、とても驚きました。

 昔の人が残してくれたこの石碑のように大切なものを後世に伝えていくことが、私たちのつとめだと思います。

 そしてこの清掃活動を通して、地域の伝統的なものの大切さが分かりました。これからも、この石碑に書いていることを心に刻みながら、防災学習を続けていきたいと思います。

 (3年、坂本一真、本田夏帆、宮地暖菜記者)

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カテゴリー: 社会いのぐ災害・防災


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