2017.12.21 08:20

昭和南海地震71年 進むか道路復旧対策

東日本大震災の後、重機でがれきを撤去し造られる道路(2011年3月15日、岩手県陸前高田市)
東日本大震災の後、重機でがれきを撤去し造られる道路(2011年3月15日、岩手県陸前高田市)
 きょう21日で昭和南海地震から71年。東北、熊本と近年、全国的に大きな地震が続いており、南海トラフを震源とする巨大地震の危険も高まりつつある。高知県内ではさまざまな防災活動や準備が進んでおり、地震後の道路復旧対策もその一つ。県や県建設業協会が復旧に向けた段取りを盛り込んだ計画をつくっているが、業者からは「いざという時に重機を確保できるだろうか」という不安の声も聞かれる。

 地震後、救援隊や物資を受け入れるために不可欠なのが救援路の確保で、県は2015年に道路啓開計画を策定。大規模公園や学校、病院など拠点1293カ所に通じる道路の復旧を、県内の建設業者が地域ごとに受け持つ態勢をつくっている。

 しかし、地震が起きた時、各業者が担当区域ですぐに稼働できるかというと…。「重機は普段は現場に置いている」「重機が津波被害を受けるかもしれない」。業者の間にはそんな懸念がある。

 けが人や物資を運ぶ「命の道」をいかに確保するか。道路啓開計画の実効性を高める方策が求められる。


震災時 救援路どう確保
 南海トラフ地震後、救援ルートを確保するための「道路啓開計画」。建設業者が抱える課題や、復旧の態勢づくりに向けた取り組みを追った。


重機を使った道路啓開訓練(安芸市)
重機を使った道路啓開訓練(安芸市)
県 建設業者と連携模索
 今月5日、高知市稲荷町の県高知土木事務所で、災害時の道路の応急復旧を想定する図上訓練が行われた。集まったのは県内の建設業者ら約20人。

 「台風の場合は連絡取り合って備えられるが、地震は突然やって来る」「山奥に現場があったら下りて来れん」「重機が津波で流される可能性もある」

 地震後に作業を行えるのかという懸念の声が相次いだ。

 ■  ■ 

 「道路啓開(障害物を取り除き通れるようにすること)で重要なのは、指揮命令系統の一本化と、その時に重機がどこにあるかだ」

 高知市八反町2丁目に本社を置く尾崎建設の尾崎盛裕社長はそう指摘する。

 県が策定している県道路啓開計画によると、同社は同市内の2業者と共に、同市宗安寺周辺から市役所鏡庁舎や新宮の森公園(同市鏡大利)などを結ぶ県道の復旧を担当することになっている。

 同社は復旧作業に使えるショベルカーを4台所有している。いずれも現在は市内4カ所の現場で稼働しており、工期中は本社に帰ってこない。

 もし今、南海トラフ地震が起きたら―。

 例えば4カ所のうちの1カ所、同市介良の現場から担当する道路までは約10キロ。長期浸水する可能性のある市中心部を通らなければならず、尾崎社長は「重機がたどり着けない可能性もあるし、運ぶには運搬車も必要だが、手配ができるかどうか…」。

 同市内の別の業者は担当区域の近くに会社があるものの、現在重機があるのは同市外を含む4カ所の現場。重機が浸水区域外の重機置き場にあるのは工事が端境期の5、6月くらいだという。

 工事現場が津波の浸水想定区域内にあり、現場に重機を置いたままになるケースはもちろんある。同社の社長は「毎日高台に移動させるのは難しい。災害時は重機がある現場周辺の道路から復旧するしかないのでは」と話す。

 担当区域の周辺に重機がない場合に備え、県道路課は、業者が事前に集まる拠点を決めておくなどして臨機応変な対応を要請しているという。

 ■  ■ 

 災害時に重機を確保するための方策として、県は建設機器を扱うリース会社との協力も模索する。

 20年ほど前に比べ公共工事が減ったこともあり、近年は自社で重機を持たず、必要に応じてリースに頼る業者が増えている。そこで県道路課は現在、リース会社を訪問し、有事の際に重機を融通してもらうための態勢づくりを進めている。


県道路啓開計画 業者 自主的に復旧
 南海トラフ地震後の道路の復旧はどのように進むのか―。その考え方や実務をまとめた道路啓開計画を県が2015年に策定している。

 計画はまず、県が整備している8カ所の総合防災拠点(全国からの支援部隊や救援物資を集める施設)と、地域の学校、病院、消防施設などを合わせた計1293カ所を復旧活動に向けた拠点に選定。各拠点と最寄りのインターチェンジ、総合防災拠点を結ぶルートを応急復旧すべき道路としている。

 このうち最大クラスの地震・津波が発生した場合、3日以内に復旧が可能と想定する道路が673カ所(52・0%)で、長期浸水で日数を算定していないルートを含め、4日以上が509カ所(39・4%)となっている。

 復旧作業の中心となるのが県建設業協会に加盟する建設業者(446社)。協会内の12支部ごとに、どの業者がどの道路を復旧するか割り振っている。

 例えば高知市を担当する同協会高知支部は、同市内の道路を16ブロックに分け、それぞれ3業者で担うことにしている。

 災害発生時、業者は各支部に被災状況を報告し、その情報を基に県や国も支援を要請する流れとなる。電話など通信手段の断絶も想定されるため、業者は要請がなくても自主的に復旧作業にあたることを取り決めている。


港の近くから海抜37メートルの高台に移転した下田重機の倉庫(四万十市平野)
港の近くから海抜37メートルの高台に移転した下田重機の倉庫(四万十市平野)
重機倉庫 浸水備え高台へ
 「BCP(事業継続計画)をつくっていても、重機が流されたら何もできない。うちのクレーンは道路復旧に役立てるはず」

 そう話すのは四万十市平野の下田重機を経営する中島健さん。南海トラフ地震の際、下田地域と同市中心部をつなぐ県道の復旧を担当する同社には、別の役割もある。

 同社は大型を含むクレーン7台を所有し、普段から重機の運搬なども行っている。南海トラフ地震の際も他社のショベルカーを運ばなければならず、つまり復旧作業の基幹を担うことになるのだ。

 そのためには自社の被害を最小にとどめなければならない。

 同社の本社事務所と倉庫はもともと下田港の近くにあったが、一帯は県の想定で最大クラスの津波により最大15メートル浸水するとされている。そこで今年4月、本社事務所と倉庫を約2キロ離れた海抜37メートルの高台に移した。

 土地購入から大型クレーンを格納できる倉庫の建設まで、移転費用は1億円近くかかったという。

 中島さんは「高台移転したい業者は多いと思う」と話すが、実際に移転に踏み切る事例は県内では少ない。費用がハードルになっており、中島さんは「県や市町村に補助を検討してもらえたら」と話す。

 今年9月。県建設業協会安芸支部青年部のメンバーが県や安芸市の担当者と東北の被災地を視察した。

 参加した安芸市津久茂町の山本建設取締役、山本剛平さんによると、被災地では重機を扱えるオペレーターが犠牲になったり、燃料不足で復旧が思うように進まなかったりした事例もあったという。作業中にがれきの中から遺体が見つかり、対応に苦慮したという話も聞いた。

 山本さんは「重機の確保以外にも、防じんマスクや突起物を足で踏み抜くのを防ぐため靴底に鉄板が入った安全靴が必要など、細かい備えも重要だと感じた」と振り返る。

 東日本大震災の時は道路復旧の計画などはなく、業者それぞれの判断で作業するしかなかった。その意味では、自分たちは備えができることも痛感したという。「地域の復旧に向けて動ける態勢をつくるためにも、実用性のある訓練を重ねていきたい」と意欲的に話していた。


高木方隆教授
高木方隆教授
「本社以外の拠点を」 高知工科大・高木教授
 県は2012年度から建設業者を対象にBCP(事業継続計画)認定制度を設けている。認定を受ければ県発注工事の入札で加点評価される仕組みで、BCPを策定すること自体に意義がある。有識者で構成する審査会の委員を務める高知工科大学システム工学群の高木方隆教授に、BCPの重要性や審査のポイントを聞いた。

 ―東日本大震災以降、BCPの重要性が指摘されている。

 建設業者に限らずあらゆる企業で分業化やアウトソーシングが進み、サプライチェーン(部品や資材の調達・供給網)が複雑になっている。道路が復旧しないと事業継続できない企業が増え、道路の復旧は課題だ。

 ―建設業BCPを審査するポイントは。

 強い揺れや津波浸水などで社屋が被災する可能性がある。本社以外の「第2拠点」が計画されているかを重視している。

 ―第2拠点はどんな場所が適しているか。

 社長の自宅やプレハブでもいい。複数の業者が連携し、浸水区域外にある会社の会議室を拠点としている例も県内にはある。通信手段や燃料、食料などの備蓄計画ができていることが大切だ。

 ―BCP策定は従業員の防災意識の向上につながる効果もある。

 社員がBCPを理解し、会社全体の取り組みとなっているかも重要だ。防災訓練がマンネリにならず、社員の防災意識が高く保たれているかもポイント。BCPが成熟すると災害時に必要な人員を確保するために採用計画を考えるようになるなど、会社経営にもプラスに働く作用がある。

 ―迅速な道路復旧に向け、建設業者に求められる取り組みは。

 参集すべき従業員が多い大規模業者ほどBCP策定が必要だ。被害が広域に及ぶ高知県は物流の面で不利な状況に陥る可能性が高い。道路復旧に必要な資材などをできる限り備蓄するなど、“自給率”を平時から高めてほしい。


備防録 切り開く
 「啓開」という言葉には、「切り開く」のほかに「機雷・沈船・防材などの障害を取り除いて水路を切り開く」という軍事用語に近い意味もある。

 「まるで戦争だ」。東日本大震災が起きた直後、がれきに覆われた街、奪われたたくさんの命を眼前にし、震災をそう表現した被災者もいた。

 南海トラフ地震が起きた時、建設業者や国、県はいち早く救援ルートの確保に取り組む構えだが、混沌(こんとん)とする状況の中で、人や重機の確保が難しい状況は必ず生まれる。

 私たち一市民に何ができるか。重機は無理にしても、マスクやバール、スコップなども備え、状況を「切り開く」心構えも忘れてはならない。

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カテゴリー: 社会いのぐ災害・防災


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